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監獄挿話 面会人控所
かんごくそうわ めんかいにんひかえじょ
作品ID47410
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作」 學藝書林
2000(平成12)年3月15日
初出「改造 第一巻第六号」1919(大正8)年9月1日
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-10-13 / 2014-09-16
長さの目安約 47 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 静かな読書生活

 受附の看守が指した直ぐ向側の『面会人控所』の扉は重く閉されてゐた。龍子は新しい足駄の歯がたゝきにきしむのを気にしながら静かに歩み寄つて其の扉に手をかけた。重い戸が半ば開くと、直ぐ正面に同志のMの蒼白い顔が見えた。
 此の控所は、東京監獄の大玄関の取りつきの右側で、三間ばかりの奥行をもつたそのたゝきの土間にそふてゐる細長い室であつた。這入つて左へ突き当つた廊下へ上る扉口と入口を除いた外は、此の九尺に三間の細長い室の三方の壁には面会人の腰をかける為めの幅の狭い木の腰掛けが、恰度、棚のやうな工合に取りつけてあつた。廊下へ上る扉口と向き合つた南側の、前庭に面した壁の上の方に大きな窓が一つ開いてゐた。
 Mは其の入口の正面に腰をかけてゐた。室の内には、傘や、下駄や、スリツパが、二三足おいてあつたが、面会人はMを除いた他には、三つか四つ位の子供を縞目もわからないやうな汚いねんねこで背負つた女房が一人隅つこにうづくまつてゐる外には誰もゐなかつた。
『もう済んで?』
 思ひの外に人もゐず、ひつそりした室の内にMを見出した龍子は直ぐMの傍に腰を下しながらきいた。
『いや、まだです。僕は午後から――今S爺がY君に会つてゐる処』
『Sさんが? さう、ぢやあなたはWさんに会ふのね』
『えゝ、僕がY君のつもりでしたけれどSさんが先きに来てさう云ふ手続きをしてゐたもんだから――』
 Mは昨日みんなで極めたのとは少し手順が違つて来た事を龍子に説明した。それから二人は、昨日、此処の未決にゐる四人が裁判所へ出た事を知つて、何うかして遇へないまでも皆んなでゐるのを知らせたいと思つて半日其処の仮檻の前に立ちつくしてゐた事や、思ひがけない四人の収檻についてのいろんな事を話し合つた。
『Mさん、あれも囚人のゐる処?』
 開放された廊下への上り口から見える中庭の向ふの低い屋根を圧して高く聳え立つた家の側面が、フト龍子の注意を引いた。それは一と目見て、封建時代の古い牢獄を思はせるやうな頑丈な木造の建物だつた。黒つぽい褐色のぬり色が風雨に曝されて如何にも古めかしい色をしたのも、丸太を横に積み重ねたやうなその外壁の上の棟近くにある僅かに光りを採るばかりの、まるで動物の檻のような感じの四角な横木をはめた小な天井裏の窓も、Eが不断から云ひ馴らしてゐる『牢屋』と云ふ感を其のまゝ現はしてゐるとしか見えなかつた。で、龍子は、嘗つて此処の未決檻に多勢の同志と一緒にゐた事のあるMに聞いた。
『いゝえ、あれは違います。あれは屹度看守やなんかのゐる処でせう? 囚人のゐる処はあのもつと向ふにあるんです。僕等の同志の行く処は大抵四檻と八檻と云つて一番左側の棟になるんです。』
 Mは其処からは見えない檻房の位置や構造などに就いて委しい説明をしながら、自然にいろんな事を思ひ出すと見えて、呑気な檻房生活の話をし…

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