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凍雲
とううん
作品ID47444
著者矢田 津世子
文字遣い新字新仮名
底本 「神楽坂・茶粥の記 矢田津世子作品集」 講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年4月10日
初出「婦人文芸」1934(昭和9)年6月号
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2008-09-19 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 秋田市から北の方へ、ものの一時間も汽車に揺られてゆくと、一日市という小駅がある。ここから軌道がわかれていて、五城目という町にいたる。小さな町である。封建時代の殻の中に、まだ居眠りをつづけているような、どこやら安閑とした町である。現に、一日市で通っている駅名も、元々、この町の名で呼び慣らされていたものだったけれども、いつのまにか奪取れてしまっていた。居眠りをしていたせいである。居眠りをしながら、この町は、老い萎えてゆくようにみえる。
 町の人たちの中には、軌道を利用するひとが尠い。結構足で間にあうところへ、わざわざ、金をかけることの莫迦らしさを知っていたから、大ていは、軌道に沿うた往還を歩いて行きかえりした。
 軌道の通じない頃は、この往還を幌馬車が通っていたし、雪が積りはじめると、これが箱橇に代えられた。町の人たちにとっては、そのころのほうが、暮しよかった。文明というものは、金のかかるものだと、こぼしあった。
 この往還の途中に、七曲りというところがある。年を経た松の巨木が目じるしになっていて、この辺は、徒歩のひとには誂えむきの休み所と見えるけれども、町の人たちは滅多に立ち寄るということがない。此処で休んでいるのは、ひと目で在郷者とさえ分るくらいであった。
 よく、この松の木に馬をつないで、一ぷくつけている馬方を見かけることがある。そんな時の、町の人たちの顔には、一種よそよそしいような、蔑むような、優越感を匂わせたような、複雑な表情が掠める。
 松の木は節くれだって、経てきた旧い年々の風雪を染みこませて、昔ながらに七曲りの辻に立っている。
 十一月に入って、ちらほら降り出す雪が積りはじめ、正月へかかる頃は、見渡すかぎり白ひといろの世界にかわる。二月の初め頃には、道は、屋根から行き来できるほどの高さになり、着ぶくれて丸っこくなった子供たちは、藁沓にぼっちをかむって、屋根から屋根へ、ひょいひょいと渡りながら、七曲りの松の木が小っちゃくなった、と燥ぎ立てる。
 町の屋根からは、この松の木が、雪に埋れて、ほんとうに背丈が低く、ちびて見えるのだった。
 この町には、七の日毎に市が立つ。老い萎えている町の呼吸が、この市日で、微かに保たれているようである。「五城目の市日」といえば、昔から、この近郷の人々が寄り集う慣わしであった。
 町の目抜き通りの上町下町をとおして、両側に、物売りが並ぶ。人が出盛る。
 この物語りは、漸う山々が白くなりだした頃からはじまる。この頃の季節には、近くの八郎潟からあがったばかりの白魚だの小鮒だのが、細い藻なんどのからんだまま、魚籃から一桝いくらで量られる。雷魚売りの呼び声が喧ましくなるのも、もう、直ぐである。買い手は、ブリコ(卵)のたっぷりとはいったところを素早く選み分けようとして、売り手との間に小さな諍いが起る。
 蕈を売る女衆が、ひっきり…

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