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印象
いんしょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「新青年」傑作選 幻の探偵雑誌10」 光文社文庫、光文社
2002(平成14)年2月20日
初出「新青年」博文館、1926(大正15)年6月
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2009-03-13 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 毎月一回、同好のものによって開かれる犯罪学集談会の席上で、今宵は「女子の復讐心」が話題となりました。正午過から降り出した吹雪のために、集ったのは僅かに五人の男子でありましたが、五人はいつものように鹿爪らしくならないで、各々椅子を引き寄せてストーヴを取り囲み、ウイスキーを飲み、煙草をふかしながら、色々語りあいました。窓ガラスを打つ雪の音が間断なく聞えて来て、一同はしんみりした気持になり、紅く光り出した頬を両手で撫でては、談笑に夜の更けるのも忘れました。
「ロンブロソーの書物を見ますと、ある女が良人に復讐するために、夜毎に街へ出て春を売り、それによって黴毒に感染し、然る後良人にうつそうとしたという例が挙げてありますが、かような復讐方法は、下賤な無教育な女に限って用いられるだろうと思いますが、やはり、比較的教養ある女にも見られる現象でありましょうか」と、私は、話の序に、誰に訊くともなく言い出しました。
「そうですねえ、教養ある女でも、事情さえ許すならば、やりかねないだろうと思います」と、判事のY氏は言いました。「女子の行為は、復讐にしろ、また一般犯罪行為にしろ、極めてまわりくどく、且つデスペレートであることをその特徴として居ります。一旦復讐しようと決心したならば、貞操を破ったり、只今の御話のように、自分の身体をわざと悪疾の犠牲にするくらいのことは、たとえ、中流や上流の婦人でも、決して為かねないものだと思います」
「まったくですよ」とY氏の隣りに腰かけて居た産婦人科医のW氏は言いました。「いやもう女の執念ほど怖ろしいものはありません。復讐のために、蛇になったり、鬼になったりするという伝説も、まんざら作りごとではないような気がします」
 この時、W氏とストーヴを隔てて対座して居た劇作家のS氏はいいました。
「定めしWさんは、御職業が御職業であるだけ、いろいろ女の怖ろしい性質を御観察になったことと思います。どうです皆さん、今晩は、Wさんの御経験の一ばんすごいところを伺がおうではありませんか」
 一同はもとより大に賛成して、口々にW氏を促がしました。W氏ははじめ少しく当惑したらしく見えましたが、暫らくの間、真面目顔になって考え、それから言いました。
「そうですねえ。色々変った経験もしましたが、これという取りたてて申上げるほどのことはありません。然し、たった一つだけ、深い感動を与えられた事件があります。医師は他人の秘密を話してはなりませんけれど、別にこの場で御話しても差障りもないようですし、事件の主人公は死んで居るんですから、申上げることに致しましょう。この話は、ちょうど女の復讐という話題にふさわしいものであると思います」

 私たち産婦人科医として一番困ることには妊娠した婦人の身体が危険に瀕した場合、胎児を犠牲とするか、或は母親に冒険をさせて生ませるかを決定しなければな…

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