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キャラコさん
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作品ID47495
副題10 馬と老人
10 うまとろうじん
著者久生 十蘭
文字遣い新字新仮名
底本 「久生十蘭全集 Ⅶ」 三一書房
1970(昭和45)年5月31日
初出「新青年」博文館、1939(昭和14)年11月号
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2009-01-30 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一
 秋が深くなって、朝晩、公園に白い霧がおりるようになった。
 低く垂れさがった灰色の空から、眼にみえないような小雨がおちてきて、いつの間にかしっとりと地面を濡らしている。樹々の幹も、灌木も、草も、みな、くすんだ煤黝色になり、小径の奥の瓦斯灯が、霧のなかで蒼白い舌を吐いている。
 風の吹いたあくるあさは、この小さな公園はすっかり落葉で埋まってしまう。桐や、アカシヤや、赤垂柳などの葉が、長い葉柄をつけたまま小径やベンチの上はうずたかくなる。
 公園の看手が箒をもってやってきて、それを掃きあつめていくつも小山をこしらえる。落葉を焚く火で巻煙草をつけ、霧のなかに紛れこんでゆく白い煙りをながめながら、間もなく冬がくる、とつぶやくのである。
 公園の広場をとりまく灌木のひくい斜面のしたに、水飲み場のついた混凝土の小さな休憩所がある。
 砂場や辷り台で遊んでいる子供らを見張りながら、保姆たちがここでおしゃべりをする。夏の暑い日には、演習に来た兵隊さんが汗を乾かし、俄か雨のときには、若い二人づれがこのベンチのうえで身体を寄せ合うようにして、じっと雨脚をながめていたりする。
 しかし、もう秋が深くなったので、この小公園のなかは急にひっそりとなり、落葉を掃く看手のほかは、この休憩所へやってくるものもまれになったが、ただひとり、ひるごろ、毎日きまってここに坐っている老人があった。
 汚れた絆纒に、色の褪せた紺腿引をはき、シベリヤの農夫のように、脚にグルグルと襤褸をまきつけている。指の先まで皺のよったあわれなようすをした白髪頭の老人で、庭木の苗木をすこしばかり積んだ馬車を輓いてきて、いつもここで午食をつかっている。
 襤褸と皺に埋まったような老人もそうだが、馬のほうもまたたいへんな観物である。
 古典的な馬とでもいうのか、頭が禿げて、ひどく悲しそうな顔をしている。的確にいおうとするなら馬というよりは、皮の袋といったほうがいいかもしれない。お尻の汗溝のあたりも、首の鐙ずりのところも、肉などはまるっきりなくなって、鞦がだらしなく後肢のほうへずりさがり、馬勒の重さにも耐えないというように、いつも、がっくりと首をたれている。
 横腹には洗濯板のように助骨があらわれ、息をするたびに、波のようにあがったりさがったりする。なにより奇妙なのはその背中だった。鞍下のあたりがとつぜんにどっかりと落ちこんでいるので、首とお尻がむやみに飛びあがり、横から見ると、胴の長いスペイン犬そのままだった。いつも目脂をいっぱい溜め、赤く爛れた眼からたえず涙をながしている。
 おまけに、その馬は跛だった。
 むかし、ひどい怪我をしたのらしく、右の後脚がうんと外方へねじれてしまい、ほかの三本の肢より二寸ばかりみじかい。肢をピョンといちど外へ蹴だしてから、探るような恰好で蹄を地面におろす。そのたびに、身体が大…

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