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いえ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「随筆 きもの」 実業之日本社
1939(昭和14)年10月20日
初出「文藝春秋」1938(昭和13)年6月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-14 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある日、婦人ばかりといつてよい招待の席で、小林一三氏が、吉屋信子さんの新築の家を絶讃された。
 ――私は、隨分澤山好い家を見てゐるが、その私が褒めるのだから、實際好い家なのだ。たいがいの家は、茶室好みか、もしくは待合式なのかだか、吉屋さんの家はいかにも女性の主人で外國の好いところも充分にとり入れてあると、いはれた。そして、そのよさのわかるものが、お仲間にはあるまいと――
 吉屋さんの隣りに、その座でたつた一人の、そのお仲間代表のわたくし、なでふ、褒めるにおいて人後におちんや、ではあるが、まだ見ぬ家のことなり、我等のグループとは違つた四邊の空氣なので、友達の家の褒められたことだけを甘受してゐた。
 家といへば、震災前までは東京の下町住宅には、よい好みの各階級、好きさまざまの良い家が澤山あつた。もとより洋風もとりいれてない、近代建築でないのは知れてゐるが、待合といふものの發展しない時代ではあり、賢實な市民の住宅で、しかも京阪風をも取り入れた、江戸といふサツパリしたところもある良い家が多かつた。根岸、深川、向嶋、日本橋の(濱町河岸)花屋敷、京橋、築地といつたふうに、それ/″\の好みがすこしづつ違つてゐたやうだつた。わたくしの父などでも、家の何處へか格子を一本入れようと思ふとき、散歩してくるのに、今日は花屋敷の方面のを諸方見て來た、好いのがあるなあ、といつてゐたものだつた。
 それはさておき、わたくしの言ひたいのはそんな事などではないので、畫壇の人と文壇の人との住宅觀について、根本的異つたものを感じてゐたことであつた。わたくしは此處では、日本畫家のことを多くさしていつてゐるのであるが、仕事場を、おなじく家庭に持つ職業でありなながら[#「ありなながら」はママ]、畫家は、家の建築、庭石のおきかたまで自分の美術、自分の畫に描く趣味と個性を、思ふままに現し、樂しみ滿足しようとする強い慾望を見る。畫よりも建設的である文學の方の人には、家のことなどかまつてゐられるか、その暇に讀み思索するといつた、めんどくさがりやが多いやうに思はれた。よき書齋は誰しもほしいと思ふが、本をたつぷりおけて、靜に、居心地がよければそれでよいといふていどで、好事家のすけないことである。
 と、いつても、これは自分だけの推測で間違つてゐないとはいへない。もとより、國が大きくなるのに、昔通りに文人は――清廉は結構だが――貧乏であるのを看板にすることはないし、立派な書齋や家をもつ人が、多く出來る方がよいのはきまつてゐる。收入の當不當は別の問題で、畫人の中にだとて贅澤のいへるものは、幾人と數へられる人達であらう。
 ふと、そんなことを思つたといふのも、去年「塔影」といふ繪の雜誌で、京都に建つ榊原紫峰氏の新築の、庭木や、石や、木口の好みの、思ふがままに、實に素晴しいものが、易易と、實に神業のやうにうまく調ひ、し…

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