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お灸
おきゅう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桃」 中央公論社
1939(昭和14)年2月10日
初出「不同調」1928(昭和3)年
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-03-06 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 お灸ずきの祖母が日に二三度づつお灸をすゑる。もの心覺えてから灸點の役が、いつかあたしの仕事になつてゐた。五百丁の巴もぐさをホグして、祖母の背中の方へ[#挿絵]ると、小さい燭臺へ蝋燭をたて、その火をお線香にうつして、まづ第一のお灸を線香でつらぬき、口の中でブツブツ言つて、體中を手早く御祈祷するやうな手附きをした。いづれなんとか文句があつたのであらうが、おそはつた時から忘れてゐるのだ。祖母が沈香をもつてゐたのと、指をやけどしたりすると、チチンカンプンと口で吹きながらいつたのとを、ごつちやにして、なんでも、
 沈香御祈祷、チチンカンプン、チチンカンプンとごまかしたやうだつた。
 その祖母が、自分が灸ずきなのばかりではなく、あたしにも日に二三度すゑなければ承知しなかつた。弱いからといつて――お行儀が惡いからといつて――ハイと言はなかつたからといつて――
 だが、あたしの弱かつたのはお灸のせゐだと今では思つてゐる。なぜならば、膏汗と精根を五ツ六ツのころから絞りつくしてゐるのだ。ごめんなさいといつたからとて許してくれるものではない、泣けば泣くだけ多くすゑられる。逃げればいよいよ惡化する。跳ねかへさうとすれば、母の大きな肥えた體が、澤庵漬のやうに細つこいあたしの上に乘つて、ピシヤンコにつぶしてしまふ。まつたく或時は、涙とよだれと鼻と汗で、平べつたくなつてしまつて起きあがられない事もあつた。そんな時は圖々しいといつて、短氣な母の平打ちがピシヤリピシヤリと來て、惡くするとも一度熱い目にあはされたりした。そして、その祖母といふ女と、母といふ女と、二人の年長者は言つた。
「家の子は仕置きがきいておとなしい、それにどうやら體も丈夫になつた。」
 子供たちは支那金魚の目玉のやうに、灸のあとのフクレたのを見て悲しみあつた。ホテつて痛むこともあつた。ことにあたしはそれがひどかつた。兩方の人差指の根もと、足の中指の根もと、おへその兩ワキのは動くので燒けあとが大きかつた。背中は八ツ目鰻の目のやうだといはれた。
 父はよく悲しがつて女の人たちに言つてゐた。
「肩だけへはすゑてくれるな。洋服を着たときに困る」
 それ、また、洋服なんて――お父さんが惡いと叱られてゐた。
        ×
 震災のとしであつた。あたしの體はグツと惡く、心も身もクタクタだつた。ある雜誌社の方から親切にお灸をすすめられた。それは肩である。手の甲の眞ん中である。あたしは吐息をついた。父の悲しがつた言葉を思ひだしたから。
 しかし、灸點師は火をクツツケてしまつた。その後、小さい女中がすゑてくれることになつたが、十六の小娘のすゑるお灸がバカに熱くてこらへられなかつた。ジリジリと焦げる樣子がをかしいので氣をつけると、それはわざとぢかに火をあててゐるのだつた。お灸をつけておくれといふと大きく丸めて火をつけて、わざと背中を轉が…

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