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真珠塔の秘密
しんじゅとうのひみつ
作品ID47593
著者甲賀 三郎
文字遣い新字新仮名
底本 「「新趣味」傑作選 幻の探偵雑誌7」 光文社文庫、光文社
2001(平成13)年11月20日
初出「新趣味」1923(大正12)年8月号
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-05-20 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 長い陰気な梅雨が漸く明けた頃、そこにはもう酷しい暑さが待ち設けて居て、流石都大路も暫くは人通りの杜絶える真昼の静けさから、豆腐屋のラッパを合図に次第に都の騒がしさに帰る夕暮時、夕立の様な喧しい蝉の声を浴びながら上野の森を越えて、私は久し振りに桜木町の住居に友人の橋本敏を訪ねた。親しい間とて案内も乞わずにすぐ彼の書斎兼応接室の扉を叩いて中へ入ると、机に向って何か考えて居たらしい彼は入口へ首を捻じ向けながら、
「やあ、君か。久し振りだね。まあ掛け給え」
「昼間は暑くてとても出られないからね。上野の森は然し悪くはないね」
「上野と云えば君、今度の展覧会の真珠塔だがね」友は扇風器を私の方へ向けながら、「何か変った事を聞かないかい」
「イヤ。いろいろ評判は聞くが変った事は聞かないね。何か事件でも起ったのかね」
 友は黙って数葉の名刺を私に渡した。一枚は警視庁の高田警部の名刺で、「東洋真珠商会主下村豊造氏貴下に御依頼の件あり参上仕るべく何分宜しく願上候」と書いてあり、一枚は東洋真珠商会主下村豊造氏の名刺で、一枚は同製作部主任佐瀬龍之助と書かれて居た。
「この二人が少し前に会いに来たそうだ」友は私の見終るのを俟って云った。「恰度僕が留守だったので後程伺うと云い置いて帰ったそうだよ」
 先年東京に××博覧会が開かれた時、其の一館に有名なるM真珠店が数十万円と銘打って、一基の真珠塔を出陳して世人を驚かした事は、尚諸君の記憶に新なる所であろう。所が本月より×××省主催の美術工芸品展覧会が、上野竹の台に開催せらるると、近来M真珠店に対抗して漸く頭角を現わして来た東洋真珠商会は、先年のM商店の出品物を遥に凌駕する壮麗な真珠塔を出陳したのである。諸君も既に御承知の事と思うが、私の見た所では塔の高さは約三尺彼の大和薬師寺の東塔を模したと云われ、三重であるが所謂裳階を有するので、一寸見ると六階に見える。各階尽く見事な真珠よりなり、殊に正面の階を登って塔内に入らんとする所に嵌められているものは、大きさと云い形といい光沢と云い世界にも又あるまじき逸品で、価格三十八万円と云うのも成程と思われる。展覧会開催以来新聞は随分此記事で賑わされたので、ある新聞によると、東洋商会はM商店の製作部の腕利の技師を買収して、此の真珠塔を造らしめたのだと云い、ある新聞によると、その技師は不都合の廉があって、M商店を放逐せられたのであると云う事であった。私は新聞で知り得た事を、知れる限り友人に話した。折柄呼鈴が激しく鳴って、書生が二人の紳士を伴って入って来た。
「私が橋本です」友は立ち上って云った。「こちらは私の友人の岡田君です」
「申し遅れまして」と五十恰好の赤顔にでっぷりと肥った紳士は丁寧に礼をしながら、「私は下村でございます」
「私は佐瀬でございます」三十を少し越したかと思われる頭髪を…

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