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小曲
しょうきょく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「「探偵クラブ」傑作選 幻の探偵雑誌8」 光文社文庫、光文社
2001(平成13)年12月20日
初出「探偵クラブ」1932(昭和7)年12月号
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-04-26 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ひどい暴風雨だった。ゴーッと一風くると、まるで天井を吹き飛ばされそうな気持がする。束になった雨つぶが、窓硝子へ重い肉塊のように打つかって来て、打つかっては滝をなして流れるのである。そのひと揺れごとに電燈が消えた。時おり電車のひびきが聞えて来るが、それもその度に椿事があっての非常警笛のように思いなされた。何かはためいて、窓の外は底も知れず暗い。
 田中君は、
「こんな晩だったんだな」
 と呟きながら、立って窓の止め金を締め直した。読んでいる物語の恐ろしい場面が、恰度そんな暴風雨の晩であったのと、ひとつには風のためにその止め金が外れそうになっていたからである。
「何か起るな、こんな晩には」
 田中君は、郊外のこの広い屋敷に、今夜は自分がたった一人で留守居しているのだということをフト思った。泥棒が這入って来たらどうしよう? 金は持ってないからまあいい。だが、金庫へ案内しろなどと言われて、背後からドキドキするメスか何かつきつけられて、賊の命のままに行動しなければならないとするとチト残念だ。しかし、よもや強盗などはやって来まい。家の者が皆、出かけていることは誰も知らないのだし、門も、それから廊下も便所の口もちゃんと二重錠がかけてあるのだ――
「…………」
 田中君はふと腰を浮かした。庭のあたりで、たしかに、何か悲鳴のようなものが聞えたのである。
「…………」
 耳をすました。それから、立って窓ぎわまで忍び足で行って見た。
「畜生!」
 とこん度はたしかに太い男の声で今にも相手に飛びかかるかのように聞えた。風が、またひとしきり吹き荒んだ。
 庭ではない、門のあたりだ。雨と、風に交って、たしかに何かを争うドドドという地ひびきが感じられる。
 ヒーッと鋭い叫びがした。ドタドタと地揺れがした。たしかに風の音ではないのである。
「…………」
 女の悲鳴だ。
 田中君の胸はいつかトキントキンと動悸を打っていた。
 と、つづいて、
「打ち殺すぞ!」
 とその間は風の音で消されて、次いで急に、
「野郎!」
 と烈しい気合がはっきり聞えた。門近くの板塀のあたりに、重い物体が打つかったようである。同時に大きな暴が窓を破るかに打ち叩いた。
 田中君が、殺った、と思った瞬間に、電燈が消えて、こん度はしばらくつかなかった。
「…………」
 行って見たいと思った。しかし膝がガクガクして、内股のあたりは妙に冷え切っているのだった。
 風雨は益々暴れた。寒さがゾクゾクと背を襲った。だがそれから後は不思議に世界がしーんとして、夜は、何のさまたげもなく更けて行くかに思われる。
 十一時を過ぎたばかりであった。田中君は電燈の明るくなったのに力を得て、火鉢にうんと炭をついだ。だが部屋を出て行って見る勇気はまだ出て来なかった。
「明日にしよう、今夜は寝るのだ」
 そうきめたけれど、寝ることもその決心ほどには…

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