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きもの
きもの
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「随筆 きもの」 実業之日本社
1939(昭和14)年10月20日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-14 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 着ものをきかへようと、たたんであるのをひろげて、肩へかけながら、ふと、いつものことだが古への清少納言のいつたことを、身に感じて袖に手を通した。
 それは、雨の降るそぼ寒い日に、しまつてあつた着るものを出してひつかけると、薄い汗の香が鼻をかすめると、その、あるかなきかの、自分の汗の匂ひの漂よひと、過ぎさる夏をなつかしむおもひを、わづかの筆に言ひ盡してあるのを、いみじき言ひかただと、いつでも夏の末になると思ひ出さないことはない。何か、生といふ強いものを、ほのかななかにはつきりと知り、嗅ぐのだつた。

 きものにもさま/″\あるが、煎じつめれば、きものは皮膚の延長だとわたくしは思つてゐる。
 裸身では居られないので、天然の美を被ふのに、その顏によく似合つた色の布を選らむのは當然なことで、すこしでも美しいのをといふ心持ちが、色彩に敏くなり、模やうや、かたちまでが種々に變化し、賣手のつくる流行に支配されると、自分の皮膚とは、似てもにつかないものをつけることになつて、化粧を濃くしてごまかし、自分の本來のものを殺してまで衣服の柄の方に顏を合せようとする不自然さになつたりする。

 そんなことを思つてゐるところへお客があつた。きものの話をきいて書くのだといはれる。
 いろんな變轉を經て來て、日本の着ものは、この風土と、この家屋とのなかに育つて、平和な時の家庭服としては、ゆくところまでいつた良さがあるといふやうな話をして、
「一人の人が考へたのではなく、長い年月の間に、みんなが、自分たちに具合よくしていつたのだから――」
 と、言ひながら、
「日本の着物を裁つといふのは、反物を四ツ四ツと折つて、それを二ツに斷りはなし、あとを堅に二ツにすれば出來る、老若男女、いづれもおなじ、こんなにはつきりしたものはない。」
 と、昔の人の頭のよさを、また思ひ直した。
 反物は、近頃こそ袖が長くなつたので、三丈とか、三丈三寸とか五寸もあるのがあるが、明治時代は二尺八寸がお定まり、木綿ものは七寸のもあつた。これは時代を遡つて、特別の織のほかは、寸尺の短いものであつたことを思はせる。
 お針仕事が、津々浦々の、女たちにもわかりよいやうに、反物の幅は、およそ男の人の絎に一ぱいであることを目標とし、その布を、袖に四ツに疊んで折り、身ごろを長く四ツに折ればとれる。あまつたのを堅に二ツに割つて、襟とおくみとすれば出來る。縫ひ方も簡略で、みんな堅に縫ひ、袖の下を縫つて袋にすればよいので、單衣を合せれば袷、間に綿を入れれば綿入れとなつたのだ。
 しかも、寸法も、男は何寸、女は何寸と定法があり、大概それで誰にも着られる。子供は、何歳までが四ツ身、その下が三ツ身、その下が赤兒用の一ツ身で、四ツ身は何尺の裂地が入用、一匹の布(成人用の二反が一機で、二反つながつてゐるのが一匹)で四ツ身は三ツとれる、三ツ身は半反で出…

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