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住居
じゅうきょ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「随筆 きもの」 実業之日本社
1939(昭和14)年10月20日
初出「朗」1939(昭和14)年5月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-17 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 松岡映丘畫伯の晩年の作によく見えた丘の段々畑。あの新大和繪風な色彩そつくりの山畑を遠くから見て、絣のやうなと形容したのを、笑はれたことがあるが、郊外などの、田園都市の近代風の建物の遠景などは、更紗模樣とも眺められる。
 ところで、わたくしの家の好みは、どこかばかげた、間の拔けたところが、一二個所ある建てかたが好きだ。それを利用して生かす面白味が、他人の家にはない、自分のところでなければないといふ、樂しさと親しさで、愛の籠るものだと思つてゐる。
 しかしこのごろの小住宅の建てかたは、ゆるみのない、きつちりした、無駄なしの間どりださうだが、さうなると、棚の釣りかたにいろ/\工合が出來て、天井と鴨居との空間に、何か試ろめさうな氣がする。
 つい最近、新しく購入れた人の家を二軒見せて貰つたが、家の間どりのとりどりの面白さに大變樂しかつた。建築を見るといふことは、並の家のでも、へたな芝居などを見るよりどれだけ心を富ませるかしれない。生活をふかめると思ふのも、自分が建物といふものに趣味をもつてゐるからかもしれない。
 二三日前にある新聞の婦人欄を見てゐると、せまい家では臺所の一部を風呂場にして角風呂の蓋の上に食器類を洗ひあげた籠などをおくと、水ぎれに都合がよいと、寫眞まで出てゐたが、ものの利用とか、こんなせまい場處に風呂場のあるなしより、湯氣で困らうなどとより、板の間をあげると流しになるのだなと思つたことにをかしな聯想を呼びおこしたのであつた。
 それは、土一升金一升の、下町の目拔きの土地で、震災ずつと前の話だが、角店の店藏と奧藏の間に、僅な空地しかなく、その空地にやつと二間の二階家をはさみ込んだのであるから、階下は隣家の土藏の横腹へよせて通ひ廊下が通り、奧の間と臺所がそれに並んで出來た。
 店の者も女中も多くゐる家であつたから、窮餘の策が、通ひ廊下の床下に主人用の風呂場がつくられた。費用はかけたから、細長くはあるが床下は立派に出來た。だが、妻君が入浴となると、勝手口も店からも出入り嚴禁。廊下板をはづし、段々を下りて洗ひ場にをりる。風呂の高さは廊下とすれすれだから、入浴してゐる人の顏だけは見える。地下室を造ればよかつただらうが、家が出來上つてしまつたあとの思ひつきなので、そんなをかしなものが出來たのであつたらしい。
 漫畫の世界。泥棒がはいつたとたんに、縁の下からニヨロリと裸が出て、キヤツと叫んだらば、泥棒の方が目を廻しとでも書けば面白いが、そんなばかげた出來ごとはなかつた。小僧が一度落ちたといふことはきいたが――
――昭和十四年五月號・朗――



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