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円朝花火
えんちょうはなび
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「圓太郎馬車 正岡容寄席小説集」 河出文庫、河出書房新社
2007(平成19)年8月20日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-01-09 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 こはこれ、我が五色七いろの未定稿なり、覚え書なり。
 われ、三遊亭圓朝を愛慕すること年久しく、その一代を長編小説にまとめあげん日もまた近づきたり。
「圓朝花火」一篇は、実にそが長編の礎稿をなすものなり。青春の、中年のはたまた晩年の、彩り多く夢深かりし彼がひと日ひと日の姿絵をばここにかかげ、大方の笑覧を乞わんのみ。再び言う、こはこれ、まったくの未定稿也。あわれ幻燈の絵のひと齣とも思し眺め給えや。


  断章の一

 ――スルスルスルと蛇のようにあがっていった朱い尾が、かっと光を強めたかと思うとドーン。
 たちまち、大空いっぱいに、しだれ柳のごとく花開いた。
 続いて反対の方角から打ち上げられたは、真赤な真赤な硝子玉で、枝珊瑚珠の色に散らばる。
 やがて黄色い虹に似たのが、また紅い星が、碧い玉が――。
「玉屋」
「鍵屋」
 そのたび、両国橋上では、数万の人声が、喚きたてた。
 夜目にも真っ青い大川が船と人とでぎっちり埋まり、猪牙、屋根船、屋形船、舟と舟との間を抜け目なく漕いで廻るうろうろ舟、影絵舟まで、花火のたんび、紅緑青紫と塗られていく。万八、河長、梅川、亀清、柳屋、柏屋、青柏、大中村と、庇を連ねた酒楼でも、大川筋へ張り出した桟敷へ、柳橋芸者に綺麗を飾らせ、空の一発千両と豪華のほどを競い、争っている。まったく今夜ばかりは松浦侯の椎の木屋敷と首尾の松の一角が、わずかに両岸で闇を残しているのみで、
長橋三百丈  影偃緑波中
人似行天上  飄々躡玉虹
 という江戸名物の川開きに、満都が酔い尽くしている有様だった。
「ねえ、おッ師匠さん。そう花火にばかり見恍れていないで、さあひとつ干しておくんなさいよ」
 その大川の真ん中ほど、申し訳ほどに上り下りの船の通い路を残している、すれすれにもやった屋根船、夜目にも薄白く沢村田之助そっくりの美しい顔立ちを嬉しく浮き上がらせている女は、成島柳北が「柳橋新誌」に艶名を謳われた柳橋のお絲。
「いや、あっしは駄目だ。お酒のほうはお積りとしやしょう。それより下戸には、いっそ、この柳升の甘味のほうがうれしい」
 言いながら、いま芝居噺でお江戸の人気を一身に集めている若い落語家の三遊亭圓朝は、傍の切子のお皿から、葛ざくらのようなものをつまみあげて、不機嫌に口へ運んだ。色の生白い、見るから二枚目然とした彼は、派手な首ぬきの縮緬浴衣を着ていた。生ぬるく夜風が吹き抜けていった。
 その頃、落語家の檜舞台といわれた、向こうの垢離場の昼席でトリをつとめて三百五百の客を呼び、めきめき大方の人気を煽り出した圓朝は、いつしか橋ひとつを隔てた土地のこのお絲と恋仲になっていたのだ。元治元年、圓朝二十六歳の夏だった。
「アラ葛ざくらなんか。じゃ、こっちの有信亭の共白髪のほうがオツでさあね。ね、ほら、アーンと口をお開きなさいよ」
 いっぱいの幸福感を顔中に漲ら…

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