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下町歳事記
したまちさいじき
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「東京恋慕帖」 ちくま学芸文庫、筑摩書房
2004(平成16)年10月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-12-31 / 2015-08-23
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

時雨・雪・三味線堀


 亡くなられた泉鏡花先生のお作の中でも、「註文帳」は当然代表作の一つに数へていいものだらう。殊に雪もやひの日の鏡研ぎ五助の家のただずまひ、雪明りの夜の吉原の撥橋、おなじ雪の夜更けの紅梅屋敷――情が、姿が、廓の景色が、マザマザ手に取るやうに浮かんで来てたゞたゞ敬服のほかはない。
 が、あの五助の家のくだりであぐねてゐた空から白いものがチラつきだし、軈て「唯一白」の大雪となる。あの大雪の有様を、

「折から颯と渡つた風は、はじめ最も低く地上をすつて、雪の上面を撫でて恰も篩をかけたやう、一様に平にならして、人の歩行いた路ともなく、夜の色さへ埋み消したが、見る/\垣を桓り軒を吹き廂を掠め、梢を鳴らし、一陣忽ち虚蒼に拡がつて、ざつと云ふ音烈しく、丸雪は小雅を誘つて、八方十面降り乱れて、静々と落ちて来た」

とえがいてゐられるが、此は断じて東京の大雪でない。勿論、先生も「紅梅の咲く頃なれば、斯くまでの雪の状」は「都の然も如月の末にあるべき現象とも覚え」ないと特に断つてはゐられるが、
二天門仁王門大雪となりにけり
茶泉
と云つた句に見られるやうな、あくまでサラリとした旧東京の大雪でない。江戸このかたの大雪の景色でない。つまり広重でない。清親でない。これは先生の御郷里たる加賀金沢の古びた城下にしん/\とふる雪である。犀川べりに浅野川の磧の石にふり積む雪の姿である。も一つ云はせて貰ふなら魚眠洞随筆のゴリ料理をたべさせる家の軒端をドサリツと滑つて落ちる夜の深雪の音であらう。
 所で、この方は雪ではないが、岡本綺堂先生の『半七捕物帳』の「鷹のゆくへ」の中の雑司ヶ谷の落葉枯葉にふる時雨は、

「村はづれまで来かかると、時雨がたうとうざつと降つて来たので、半七は手拭をかぶりながら早足に急いで来ると……」

とあり、そこで雨宿りに飛込んだ蕎麦屋で半七がいろいろの手がかりを掴んで表へ出ると、

「時雨雲はもう通り過ぎてしまつたらしく、初冬の弱い日のひかりが路傍の藁屋根をうす明るく照して来た」

とこんな風に、サラツと降つてカラツとあがる、いかにも思ひきりのいい江戸のしぐれのふらせ方をしてゐられる。此が北国のしぐれだつたらとてもこんな安直な塩梅式にはゆかないだらう。雪としぐれとはちがふけれど、くどくも云ふとほり所詮が東京の大雪は、どんな大雪でもこのしぐれとおなじ宵越の銭を持たない大雪である。
 とは云ふものの、同じ泉先生の「三味線堀」には明治末年から大正初年へかけての佐竹一帯の幽暗な街の姿が実によくえがき出されてゐる。馬場孤蝶翁もかいてゐられたがほんとに私たちの子供のじぶんの佐竹には石垣があり、石蕗が咲き、蟇がなき、ああしたさびしい景色の家がザラに見られた。
 同じことが竹久夢二画伯の版画の上にも云へる。日本橋堀留の水の青さ、一石橋の甃石の日の光りは岡山生れでありな…

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