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入れ札
いれふだ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「藤十郎の恋・恩讐の彼方に」 新潮文庫、新潮社
1970(昭和45)年3月25日
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-08-25 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 上州岩鼻の代官を斬り殺した国定忠次一家の者は、赤城山へ立て籠って、八州の捕方を避けていたが、其処も防ぎきれなくなると、忠次を初、十四五人の乾児は、辛く一方の血路を、斫り開いて、信州路へ落ちて行った。
 夜中に利根川を渡った。渋川の橋は、捕方が固めていたので、一里ばかり下流を渡った。水勢が烈しいため、両岸に綱を引いて渡ったが、それでも乾児の一人は、つい手を離したため流されてしまった。
 渋川から、伊香保街道に添うて、道もない裏山を、榛名にかかった。一日、一晩で、やっと榛名を越えた。が、榛名を越えてしまうと、直ぐ其処に大戸の御番所があった。
 信州へ出るのには、この御番所が、第一の難関であった。この関所をさえ越してしまえば、向うは信濃境まで、山又山が続いているだけであった。
 忠次達が、関所へかかったのは、夜の引き明けだった。わずか、五六人しか居ない役人達は、忠次達の勢に怖れたものか、彼等の通行を一言も咎めなかった。
 関所を過ぎると、さすがに皆は、ほっと安心した。本街道を避けて、裏山へかかって来るに連れて、夜がしらじらと明けて来た。丁度上州一円に、春蚕が孵化ろうとする春の終の頃であった。山上から見下すと、街道に添うた村々には、青い桑畑が、朝靄の裡に、何処までも続いていた。
 関東縞の袷に、鮫鞘の長脇差を佩して、脚絆草鞋で、厳重な足ごしらえをした忠次は、菅のふき下しの笠を冠って、先頭に立って、威勢よく歩いていた。小鬢の所に、傷痕のある浅黒い顔が、一月に近い辛苦で、少し窶れが見えたため、一層凄味を見せていた。乾児も、大抵同じような風体をしていた。が、忠次の外は、誰も菅笠を冠ってはいなかった。中には、片袖の半分断れかけている者や、脚絆の一方ない者や、白っぽい縞の着物に、所々血を滲ませているものなども居た。
 街道を避けながら、しかも街道を見失わないように、彼等は山から山へと辿った。大戸の関から、二里ばかりも来たと思う頃、雑木の茂った小高い山の中腹に出ていた。ふと振り顧ると、今まで見えなかった赤城が、山と山の間に、ほのかに浮び出ていた。
「赤城山も見収めだな。おい、此処いらで一服しようか」
 そう云いながら、忠次は足下に大きい切り株を見付けて、どっかりと、腰を降した。彼の眼は、暫らくの間、四十年見なれた懐しい山の姿に囚われていた。赤城山が利根川の谿谷へと、緩い勾配を作っている一帯の高原には、彼の故郷の国定村も、彼が売出しの当時、島村伊三郎を斬った境の町も、彼が一月前に代官を斬った岩鼻の町もあった。
 国越をしようとする忠次の心には、さすがに淡い哀愁が、感ぜられていた。が、それよりも、現在一番彼の心を苦しめていることは、乾児の始末だった。赤城へ籠った当座は、五十人に近かった乾児が、日数が経つに連れ、二人三人潜かに、山を降って逃げた。捕方の総攻めを喰ったときは、二十七人…

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