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死の素描
しのデッサン
作品ID47860
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第一卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年5月28日
初出「新潮 第二十七年第五号」1930(昭和5)年5月号
入力者tatsuki
校正者大沢たかお
公開 / 更新2012-09-24 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 僕は、ベツドのかたはらの天使に向つて云つた。
「蓄音機をかけてくれませんか?」
 この天使は、僕がここに入院中、僕を受持つてゐるのだ。彼女は白い看護婦の制服をつけてゐる。
「何をかけますか?」
「シヨパンのノクタアンを、どうぞ――」
 蓄音機の穴から、一羽の眞赤な小鳥がとび出して來て、僕の耳の中に入つてしまふ。それからその小鳥は、僕の骨の森の中を自由にとびまはり、そして最後に、僕の肋骨の一つの上に來て、とまる。それが羽ばたく度毎に、僕は苦しく咳こむのだ。僕はこの小鳥を眠らせるために、吸入器をかけさせよう……。
 天使は僕の夢をよく見拔いてゐて、それを調節する。それが彼女の役目なのだ。彼女は、微笑しながら、僕の聽いてゐるレコオドを取替へてしまふ。

          *

 僕は天使にこつそりと手紙を書いてゐた。僕は手紙を書くことを禁じられてゐた。それを彼女に見つかつた。
 僕はその手紙を隱し損つた。
「その手紙をお見せなさい」と彼女が云つた。
「いけません」
「どうしてもですか」
「いやです」
「それなら、それを私に讀んで下さい」
 僕はそれを承諾するほかはなかつた。彼女に聞かれて惡いところは讀まずにゐれはいいと決心しながら。
「――僕の小鳩よ」
「おお!」
「――僕はあなたに惡い報告をしなければなりません。僕はもう死んでしまひましたよ。しかし、死んでゐることと、生きてゐることとは、一體どう違ふんでせう? これからも僕は、何時でも行きたい時には、あなたのところへ行くことが出來ます。ただ、あなたの方から僕のところへ來られなくなつただけは不便ですね。その代り、僕等はもつと便利になりました。それは、まだ僕が生きてゐた時は、よく僕等二人がいつのまにか四人になつてしまひ、どれがあなただか、僕だか、僕の中のあなただか、あなたの中の僕だか、分らなくなつてしまつて、大へん不便を感じたものです。しかし、これからはもう、そんなことは無いでせう。どうか僕の死んだことを、あんまり悲しまないで下さいね。或る詩人がかう言つてゐます。生きてゐるものと死んでゐるものとは、一錢銅貨の表と裏とのやうに、非常に遠く、しかも非常に近いのだ、と……」
 僕はその手紙の朗讀を終へた。天使は手紙そのものよりも、その手紙の受取人の方に、餘計興味を持つたやうに見えた。
「あなたの戀人は何處に居ますの?」
「パラダイス・ビルの地下室……」
「まあパラダイスにも地下室があつて? そこで何をしていらつしやるの?――あてて見ませうか? バアのおかた?」
「うん、ブルウバアドつていふバアさ」僕は思はず微笑した。
「お年齡はいくつ?」
「十九ぐらゐ」
「何年前からお知り合ひですの?」
「千年位前からも――僕にはそんな氣がする……」

          *

 僕と彼女は、初めてランデ・ヴウをした時に、互に約束しあ…

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