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心の姿の研究
こころのすがたのけんきゅう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の文学 15 石川啄木・正岡子規・高浜虚子」 中央公論社
1967(昭和42)年6月5日
入力者蒋龍
校正者川山隆
公開 / 更新2008-06-26 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




  夏の街の恐怖

焼けつくやうな夏の日の下に
おびえてぎらつく軌条の心。
母親の居睡りの膝から辷り下りて
肥った三歳ばかりの男の児が
ちょこ/\と電車線路へ歩いて行く。

八百屋の店には萎えた野菜。
病院の窓掛は垂れて動かず。
閉された幼稚園の鉄の門の下には
耳の長い白犬が寝そべり、
すべて、限りもない明るさの中に
どこともかく、芥子の花が死落ち
生木の棺に裂罅の入る夏の空気のなやましさ。

病身の氷屋の女房が岡持を持ち、
骨折れた蝙蝠傘をさしかけて門を出れば、
横町の下宿から出て進み来る、
夏の恐怖に物も言はぬ脚気患者の葬りの列。
それを見て辻の巡査は出かゝった欠伸噛みしめ、
白犬は思ふさまのびをして
塵溜の蔭に行く。

焼けつくやうな夏の日の下に、
おびえてぎらつく軌条の心。
母親の居睡りの膝から辷り下りて
肥った三歳ばかりの男の児が
ちょこ/\と電車線路へ歩いて行く。


  起きるな

西日をうけて熱くなった
埃だらけの窓の硝子よりも
まだ味気ない生命がある。
正体もなく考へに疲れきって、
汗を流し、いびきをかいて昼寝してゐる

まだ若い男の口からは黄色い歯が見え、
硝子越しの夏の日が毛脛を照し、
その上に蚤が這ひあがる。

起きるな、起きるな、日の暮れるまで。
そなたの一生に涼しい静かな夕ぐれの来るまで。

何処かで艶いた女の笑ひ声。


  事ありげな春の夕暮

遠い国には戦があり……
海には難破船の上の酒宴……

質屋の店には蒼ざめた女が立ち、
燈光にそむいてはなをかむ。
其処を出て来れば、路次の口に
情夫の背を打つ背低い女――
うす暗がりに財布を出す。

何か事ありげな――
春の夕暮の町を圧する
重く淀んだ空気の不安。
仕事の手につかぬ一日が暮れて、
何に疲れたとも知れぬ疲がある。

遠い国には沢山の人が死に……
また政庁に推寄せる女壮士のさけび声……
海には信天翁の疫病
あ、大工の家では洋燈が落ち、
大工の妻が跳び上る。


  柳の葉

電車の窓から入って来て、
膝にとまった柳の葉――

此処にも凋落がある。
然り。この女も
定まった路を歩いて来たのだ――

旅鞄を膝に載せて、
やつれた、悲しげな、しかし艶かしい、
居睡を初める隣の女。
お前はこれから何処へ行く?


  拳

おのれより富める友に愍まれて、
或はおのれより強い友に嘲られて
くゎっと怒って拳を振上げた時、
怒らない心が、
罪人のやうにおとなしく、
その怒った心の片隅に
目をパチ/\して蹲ってゐるのを見付けた――
たよりなさ。

あゝ、そのたよりなさ。

やり場にこまる拳をもて、
お前は
誰を打つか。
友をか、おのれをか、
それとも又罪のない傍らの柱をか



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