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初秋の浅間
しょしゅうのあさま
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四巻」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「帝国大学新聞 第七百三十三号」1938(昭和13)年9月26日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-07-07 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 この山麓では、九月はたいへん雲が多い。しかし、夏の近づく頃の雲の不活溌な動きとは異つて、白い、乾燥した、動きのいちじるしい雲の塊りが不連續的に通り過ぎる度毎に、何かがそれらの雲とともに一剥されでもしたかのやうに、そのあとで青空はいよいよ本物の青空に近づいてゆく。――さういふ雲のたたずまひが、とても好い。林のなかの空地などに寢そべつて見てゐると、さういふ雲は絶えず西から東へとときどき日かげを翳らせながら流れてゆく。
 さういふ雲のなかから、淺間山もたえず見え隱れしながら、ときどきその全貌をすつきりと爽やかに見せたりする。山肌はいよいよ黄ばみ、夏などもつと多いと思つてゐた煙りが、思ひがけず、殆どあるかないか位にしか立つてゐなかつたりする。――が、さういふ時くらゐ、淺間山が魅惑的に見えることはない。日がぱあつと當つて、それがまだ何物をも温めてゐない、もうかなり肌寒いやうな朝など、起き拔けにふところ手をして山を見に出ると、そんな朝は淺間はきまつて雲ひとつない山肌を冷え冷えと見せてゐる。その山肌一めんに日が赤あかとあたり出すのを眺めてゐると、山自身が見る間に淡い雲を湧き立たせ、ヴェイルのやうに漂はせ、だんだんそれが濃くなつていつて、しばらくする裡に自分自身を半分以上その雲のなかに隱してしまふ。それから終日、そのなかに見え隱れしてゐる。
 そんな淺間山に憑かれたやうになつて、放心したやうにふらふらと山へ入つていつて死んだ人もあるといふ。――さういふ話を、私は數年前はじめて追分へ來て長い滯在をした秋に、宿の主人から聞いた。丁度その前年の、同じ九月半ばのこと、――一週間ほど前から、關西の方からふらりと來た一人の滯在者があつた。快活さうな男で、淺間山をはじめて見に來て、どうもかうも仕樣のないくらゐ好きになつて、毎日恍れ恍れと山許り見て暮らしてゐたやうだつたが、とうとう或朝、一人で山へ登つてくると云ひ出した。主人に一人ぢやとても行けませんからと云つて止められたので、それは思ひ止まつたらしかつた。その代り、途中の血の池まで行つてくると云つて、それまでの道筋を主人に聞いて、寫眞機だけ手にして出ていつたが、それがさあ夕方になつても、夜になつても歸つて來ない。宿では騷ぎ出し、翌日から村では搜索隊を出して搜したがとうとう見つからずにしまつた。――その男らしい死骸の見つかつたのは一月位たつてからで、佛岩の崖に落ちてゐたといふ。寫眞機も一しよにあつた。その寫眞をそのあとで現像してみると、まだ使つてない二三枚を除いては、みんな淺間の寫眞で、最後に撮つたやつには、初秋の、白い、さわやかな雲だけが映つてゐたといふ……

          [#挿絵]

 さういつた凄さを何處かその底にもつてゐる山だが、その淺間も、追分の供養塔などの立ち竝んだ村はづれ――北國街道と中山道との分か去れ――に立つて眞…

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