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日付のない日記
ひづけのないにっき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「帝国大学新聞 第四百三十号」1932(昭和7)年5月2日
入力者tatsuki
校正者石井一成
公開 / 更新2014-09-05 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今朝も七時ごろに目が覺める。
 それから一時間ばかり、私は寢床の上で、新聞を讀みながら、日光浴をやる。この頃は、丁度おあつらへ向きに、その時分になるともう朝日が一ぱい寢床の上にあたりだす。
 八時頃やつと起きる。自分でパンをあぶり、チイズを切り、紅茶をいれる。無精な私なのだが、これだけは自分でしないと氣にいらない。
 郵便物がくる。その中に雜誌が二三册と、江川書房からの小包がひとつある。眞先きにその小包を開けて見ると、小林の今度譯した「テスト氏」。――何だか、かう、すらりと脊の高い人を見たやうな感じの、美しい小册子である。
 私はそれをそのまま、飮みさしの紅茶と一しよに、自分の部屋へ持つて行つて、早速ペーヂを切りながら、ところどころを拾ひ讀みする。――ヴァレリイの筆の難解なせゐもあらうが、もう頭がすこしぼんやりしだす。へんに眠い。これがこの頃の私の病氣なんだ。一種の神經衰弱ださうだけれど。……私は氣分を一變させようと、今度は、この頃日課のやうに讀んでゐるプルウストの本を取りあげる。小さな側机の上に、プルウストの本ばかり十册以上もうづ高く積んである。私はいつもその中から手あたり次第に一册を引つこ拔いて、それをまたどこといふことなしに開けて見て、そこをあきるまで讀むことにしてゐる。かうでもしなければ、私には到底この大部の小説を讀む氣になんかなれぬ。――そして私は今日はこんな一節にぶつかる。
「……私はエルスティル(小説中の畫家の名)の水彩畫の中でこれらのものを見てからといふもの、私はこれらのものを現實の中に再び見出したく思ひもしたし、又、何か詩的なるものとしてこれらのものを愛するやうにもなつたのである――まだ横に置かれてあるナイフのでこぼこな面、日光がその上に黄色い天鵞絨を張りつけてゐる、放りだされたナフキンのふくらんだ突起、その形の氣高い圓味をかくも美しく見せてゐる半分空虚になつたコップ(その厚いガラスの底の透明なことはまるで日光を凍らしでもしたやうだ)、薄暗いなりに照明できらきらしてゐるぶだう酒の殘り、固體の移動、照明のための液體の變化、半分減つた果物皿のなかで緑から青へ、それから更に青から金へと移るすももの色の變化、日に二囘は卓の上に擴げられた布のまはりに陣取りにやつてくる老い朽ちた椅子(その卓の上ではかきの貝殼のなかに光りながら數滴の水が小さな石の聖水盤のなかでのやうに殘つてゐる)、――私はさういふ、今まではこんなものの中に美があるとは思ひもよらなかつたやうなもつとも日常的な事物の中に、「靜物」の深味のある生のなかに、美を發見しようと試みるのであつた。」

 印象派の、まるでモネエか何ぞの繪そのものを見てゐるやうな感じ。――こんな一幅の靜物畫などはプルウストにはお手のもの、私が今までに讀んだ箇所だけでも、もつと大がかりな、もつと素晴らしい人物畫や風景畫…

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