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CARTE POSTALE
カルトポスタル
作品ID47956
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四巻」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-07-07 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 夕暮である。僕はフランス波止場をぶらりぶらりと歩いてゐる。しやれた煉瓦建てがある。何だらうと思つて、近づいて見ると、中にはほとんど人氣がない。入口のところにも、何も書いてない。そしてただ NO*といふ番號が、何かを暗示するやうに、出てゐるきりだ。そんな建物と建物との間に、大きな空地があつたりする。生ひ茂つた雜草が FOR SALE といふ立札をほとんど見えなくさせてゐる。中には「コノヘンニ狂犬アリオ氣ヲツケナサイ」と書いた奴までが、すつかり隱れてしまつてゐる。そんなところなんかは、發育ざかりの雜草が鋪道にまではみ出してゐる。やつと人ひとり通れるか通れないかぐらゐの鋪石を殘して。どうかすると、小綺麗なコンクリイトの建物の前まで、鋪石と鋪石との隙間から、ペンペン草が生えてゐる。片手にステッキと流行雜誌をかかへた一人の外人紳士が、パイプを口に啣へながら、道ばたの芝生の上に、かれの靴の裏をしきりにこすりつけてゐる。犬の糞でもふんづけたのかしらん? 何處かの領事館らしい洋館の前で僕はこんどは一人のかはいらしい日本人の少女とすれちがふ。その少女が何やら上の方を見あげながらこちらにやつてくるので、僕もその方へ目をあげたら、二階の開かれた窓のところに、シクラメンの鉢が置いてあつた。そしてそれを前にして、爪を磨きながら、一人のモウヴ色の服をきた少女が、薄くらがりの中からぼうつと浮び出てゐた。それから僕たちはすれちがひながら、目と目でこんな會話をする。「あたしと同じくらゐだわね?」「え? 年齡がかい? ……さう、しかし、それより僕には同じくらゐに綺麗に見えますよ。では、さやうなら。」(さつきの紳士のやうに、犬の糞でもふんづけるといけませんよ。お氣をつけなさい。それから狂犬もゐるさうですからね。)――それからすこし先きに行くと、大きな眞白なホテルのちよつと手前に、これは又何といふ小さな建物だらう。が、小さいなりに、まるで外國の郵便切手のやうにしやれた建物だ。何とか書いてあるぞ。MESSAGERIES MARITIMES――ははあ、これはフランスの郵船會社か。入口の戸に、何やら掲示板がぶらさがつてゐる。ちよつと斜にぶらさがつてゐる恰好が、いかにもメランコリックだ。生れ故郷のことを思ひ出してでもゐるといつた風に。その影響でか、となりの大きなホテルの石段の上にも、青い服をきた、一人の取次ボオイがちよつと帽子を斜にかぶつて、直立不動の姿勢で、夢みるやうに立つてゐる。あそこの上まで石段を登つたら、何が見えるのかしらん?

          [#挿絵]

 しかし、この公園からの海景色は、繪はがきのやうにつまらない。數艘の、大きな郵便船のまはりで、小さな短艇が山羊のやうに戲れてゐるばかりだ。私の坐つてゐるベンチのとなりには、年とつた外人夫婦が竝んで坐つてゐる。おぢいさんの口髭はもう黄いろ…

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