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あかんぼの首
あかんぼのくび
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-09-10 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 赤インキの滲んだやうな暑い陽の光があつた。陽の光は谷の下の人家の塀越しに見える若葉を照らしてゐた。若葉の中には塩竈桜か何かであらう、散り残りの白いあざれたやうな花弁があつて、それが青味だつて吹いて来る風に胡蝶のやうにちらちらと散つた。花弁は崖の上の蕗の葉の上にも落ちた。
 電車の乗換場の土雨はぬる湯で拭いた顔や襟にまだ滲んでゐるやうな気がした。電車の交叉点の一方は赤煉瓦塀の高い工場になつてゐた。塀に沿うて街路樹の鈴懸の若葉があつた。若葉の枝は狂人のやうに風のために踊つてゐた。黄色に見える土雨はその四辺に佗しい色彩を施してゐた。京子は正午前に行つて来た病院の往きかへりの路のことを浮べてゐた。
 京子は重い頭を左枕にして寝てゐた。薄青い電燈の光が掻巻にくるまつた彼女の姿をげんなりと照してゐた。床の中は生暖かで、ほこりのある体をぢつと一所に置いてゐると、その個所が熱ざして来るやうな気持になつた。彼は足や手の先を冷たい所へ所へとやつた。冷たい所へとやつた刹那の感触は心好い嬉しいものであつた。彼はふと夕飯の時に夫の唇から洩れた同情のある言葉を思ひ出した。
「来月の十日頃が来たなら、学校の方も休みになるから、海岸の方へ伴れて行つてやらう、一ヶ月位も呑気にしてをれば癒るだらう、」
 砂丘に植ゑた小松の枝振りや、砂の細かな磯際、藍色をした水の色と空の色とが溶け合つた果てしもない海の容などが思ひ出された。それは四五年前結婚した年に、二週間ばかり行つてゐた海岸の印象であつた。ぎらぎら光る陽の光は厭はしかつたが、夕方に小松の葉を動かした風の爽やかさは忘れられなかつた。京子の神経にその風が吹いてゐた。彼は連れていつて貰ふことが出来るものなら、直ぐ明日にでも行きたいと思つた。そして海岸へ行つてその風に吹かれようものなら、斯うした暗いじめじめしたやうな気持はいつぺんになくなつて、体も軽くなるだらうと思つた。彼はそのことを夫に話したいと思つた。そしてそれがはつきりした形になりかけて来ると、もう話して見ようとする気もなくなつた。二階の狭い書斎で海軍省方面の翻訳をしてゐる夫の所へ行くには、きつい梯子段を上がらねばならんし、夫を傍へ来て貰はうとすれば手を鳴らして女中を呼ばねばならなかつた。彼にはそれもこれも憶劫で仕方がなかつた。
 京子は右枕に寝返りした。新しい冷たさが手足に心好かつた。彼は一昨年の春に流産をして以来何処といつて定まつた所はないが、始終頭痛がしたり軽い眩暈を感じたり、その上体がだるくて熱ざした。一年ばかり無くなつてゐた月の物も、昨年からあるにはありだしたが、平生も不順勝で時とすると妊娠でないかと思はれるやうなこともあつた。その日も二三日前からだらけてゐた体が、前晩あたりからえらい熱病にでも罹つたやうに、熱ざしてほてるのでかかり付けの医師に行つて来たところであつた。
「嘔…

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