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「陰獣」その他
いんじゅうそのた
作品ID48007
著者平林 初之輔
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新青年 第九巻第一三号」1928(昭和3)年11月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-12-17 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一 陰獣評

 江戸川乱歩氏の「陰獣」は、同氏の久し振りに発表した作であったのと、同氏独特の念入りな、手のこんだ、寸分のゆるみもない作品であったとのために、探偵小説の作者仲間では、異口同音に近い好評を博したようである。私も増刊〔『新青年』〕の分を読んで、九月号は雑誌が着くとすぐに旅に出たので、旅先で買って読み、十月号の分も雑誌が着くと真っ先に読んだ。その点で「陰獣」は完全に成功している。ことに九月号の作者の付言は、次号に対する期待をいっそう深からしめる、広告的効果を多分にもっていた。乱歩氏ほどの作者に、あれだけの自信があるのだから、結末は定めし、読者をあっと言わせるに相違ないと誰しも期待したに相違ない。
 読者の期待は裏切られはしなかった。読者のうちには小山田の細君が犯人であろうと推定した人は少なくなかったに相違ない。しかしそれは論理学でいうロー・オブ・エリミネーション〔消去法〕によって疑わしくない人間をだんだん除去してゆくと、あとに小山田の細君が残るというだけのことで、それ以上にたち入って犯人推定の根拠を示すことは恐らく大抵の人にはできなかったであろうと思う。読者の予想を完全に突破した点において、この作品はたしかに探偵小説としての最も必要な条件を十分にそなえていたと言ってよい。
 しかし私はこの作を探偵小説として非常な傑作だとは思わない。ビーストンのある作品や、最近『夜鳥』におさめられているルヴェルの作品などに比べて、また江戸川氏の旧作のあるものに比べても優っているとはどうしても思われない。一口に言えばこれらの作品に比べて「陰獣」は混濁している。こういえば早合点する読者は、そこが江戸川乱歩の作の特異点だと言うかもしれない。しかし私が混濁していると言うのは、この作の内容や、作者のスタイルそのものについて言うのではなくて、作者があまりに技巧にこりすぎ、あまりに手を加えすぎたために、ちょうど、女が化粧の度を過ごして醜くなったのと同じような感じを与えるということを指すのである。
 ことに私は最後の「予期せざる結末」へ導いてゆく、いわばこの一編のクライマックスの部分においてその感を深くするのである。作者は小山田六郎の夫人静子に対する脅迫および小山田六郎の殺人の犯人について、大江春泥から、小山田六郎へ、小山田六郎から静子へと鮮やかに、読者の嫌疑を転向させていった。そしてついに静子に自殺をさせた。私は静子が自殺をするのすら既に悪どいと思う。ところが作者はさらにそれだけではあきたらないで、もう一度静子が犯人であるということに疑いをはさみ、いちど抹殺して架空の人物としてしまった大江春泥をひっぱり出してこれに濃厚な嫌疑を向けている。これは読者にとって非常に迷惑である。積極的に言えば不快ですらある。せっかく、果物を食って珈琲をのんでしまった読者の舌の上へ、しつこい豚料理か何かを…

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