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黒岩涙香のこと
くろいわるいこうのこと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「探偵趣味 第二年第一〇号」1926(大正15)年11月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-01-23 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 黒岩涙香の名をきいて、いちばん先に思い出すのは彼が在命中の『万朝報』である。何というタイプか知らないが、平べったい活字で、トップからボトムまで、ぎっしりつめこんだ四頁の新聞によって、当時の私は、政治問題、社会問題に関するほとんどすべての知識と思想とを養われていたのだった。『万朝報』の下す批判は、私には時事問題を判断する尺度となっていた。
 ジャーナリストとしての黒岩涙香は、非常に内容の豊富な、少ない数面に何から何まであまさずつめこんだ、マイクロコスモス〔小宇宙〕ともいうべき独特の新聞をつくることに成功していたと同時に、時には、まるで普通の新聞紙の型を破って、突飛な編集ぶりを示すことによって読者をあっと言わせた。南北朝正潤問題が起こったとき、一頁にわたる大論文を署名してかかげたことなどはその代表的なものである。
 政論家としての黒岩涙香は、だいたい進歩思想家として一貫していたように思う。そしてだいたい政府攻撃の立場にたっていたようである。選挙の時など、彼の『万朝報』のスタッフを率いて応援演説に行くと、反対党は、彼の熱弁をおそれて戦慄したということである。欧州戦争の末期に、『万朝報』は、執拗に仏国出兵を主張した。これは仏国政府との間に妙な関係があったのだという説があった。いまだに私はその真偽は知らぬが、恐らくそれは事実だろうと思う。それにしても、私はその当時まだ欧州戦争のほんとうの性質――それが帝国主義国家間の略奪戦争であったという性質――を知らず、よほどフランスびいきだったので(これは弱いものにひいきするという人類に共通の心理からだったのか、連合国の正義人道のプロパガンダのおかげかはっきりおぼえていないが)、仏国出兵の主張にも共鳴したのであった。
 思想家としては、天人論の著者として、彼の名は当時の青年の心に強い影響を与えた。一種の哲人主義の思想が、露骨な政権争奪以外に何の背景もない人たちの思想にくらべて若いインテリゲンチャの心をひいたものだと思う。
 それでいて、この人は、ビジネスにも抜け目がなくて、決して金銭に超越している人ではなかったということである。そういう人はどこもあまりよく言われないのが通例であるが彼もその例にもれず、晩年にはあまり評判がよくなかったようである。しかし、新聞のエディターとして、また政界にも活躍しようとする野心をもっていたらしい人として、利益問題に超越してなどおれないことは、無理もない話であるのだが。



 黒岩周六〔本名〕といえば、いま生きていたら、大亜細亜主義の大旆でも振りかざして政府を泣かせることを職業とするムッソリーニ式英雄を思い出すが、黒岩涙香というペンネームをきくと、どうしても噫無情や鉄仮面の読者を思い出す。
 実際、彼は黒岩という世にも頑固な姓と、涙香という世にもやさしきペンネームとの持ち主であったように、性…

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