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平家蟹
へいけがに
作品ID48021
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」 学研M文庫、学習研究社
2002(平成14)年3月29日
初出「浪花座」公演、1912(明治45)年4月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-01-15 / 2014-09-21
長さの目安約 28 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 登場人物
官女 玉虫
その妹 玉琴
那須与五郎宗春
旅僧 雨月
官女 呉羽の局
同 綾の局
浜の女房 おしお
那須の家来 弥藤二
ほかに那須の家来。浜のわらべなど
[#改ページ]

          (一)

寿永四年五月、長門国壇の浦のゆうぐれ。あたりは一面の砂地にて、所々に磯馴松の大樹あり。正面には海をへだてて文字ヶ関遠くみゆ。浪の音、水鳥の声。

(平家没落の後、官女は零落してこの海浜にさまよい、いやしき業して世を送るも哀れなり。呉羽の局、綾の局、いずれも三十歳前後にて花のさかりを過ぎたる上[#挿絵]、磯による藻屑を籠に拾う。)
呉羽 のう、綾の局。これほど拾いあつめたら、あす一日の糧に不足はござるまい。もうそろそろと戻りましょうか。
綾の局 この長の日を立ち暮して、おたがいに苛うくたびれました。
呉羽 今更いうも愚痴なれど、ありし雲井のむかしには、夢にも知らなんだ賤の手業に、命をつなぐ今の身の上。浅ましいとも悲しいとも、云おうようはござらぬのう。
綾の局 まだうら若い上[#挿絵]たちは、泣顔かくす化粧して、ゆききの人になさけを売り、とにもかくにも日を送れど、盛りを過ぎし我々は見かえる人もあらばこそ、唯おめおめと暮しては、飢えて死なねばなりませぬ。
呉羽 せめて一日でも生きたいと、こうして働いてはいるものの、これがいつまで続こうやら……。(嘆息しつつ空を仰ぐ。)おお、こんなことを云うているひまに、やがて日も暮れまする。
綾の局 ほんに空も陰って来ました。このごろの日和くせで、冷たい潮風が吹いて来ると、つづいて雨の来るのが習い。湿れぬうちに戻りましょうか。
呉羽 苫屋に雨の漏らぬように、軒のやぶれもつくろうて置かねばなりますまい。
綾の局 召仕いもなき佗び住居は、なにやらかやら心せわしいことでござるのう。
(二人は籠をたずさえてとぼとぼとあゆみ去る。浜のわらべ甲乙丙の三人いず。乙は赤き蟹を糸に縛りて持ったり。)
童乙 どうじゃ。平家蟹はまだいるかの。
童甲 あいにくに夕潮が一杯じゃ。これでは蟹も上がりそうもないぞ。
童丙 では、あすの朝、潮の干た頃に捕りに来ようかのう。
(弥平兵衛宗清、四十余歳、今は仏門に入りて雨月という。旅姿、笠と杖とを持ちていず。)
雨月 これ、これ、平家蟹とは……。どのような蟹じゃな。
童乙 これじゃ。見さっしゃれ。
(蟹を見せる。雨月はじっと視る。)
雨月 この蟹をなぜ平家と云うのか。
童甲 この壇の浦で平家が亡びてから、ついぞ見たことのない、こんな蟹が沢山に寄って来ましたのじゃ。
童乙 蟹の甲には人の顔がみえています。
童丙 これ、このように、おこった顔をしています。
(指さし示せば、雨月はつくづく視て、思わずぞっとする。)
雨月 おお、なるほど蟹の甲にはありありと人の顔……。しかも凄まじい憤怒の形相……。平家がここでほろ…

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