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五色蟹
ごしきがに
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」 学研M文庫、学習研究社
2002(平成14)年3月29日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-10-16 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

          一

 わたしはさきに「山椒の魚」という短い探偵物語を紹介した。すると、読者の一人だというT君から手紙をよこして、自分もかつて旅行中にそれにやや似た事件に遭遇した経験をもっているから、何かの御参考までにその事実をありのままに御報告するといって、原稿紙約六十枚にわたる長い記事を送ってくれた。
 T君の手紙には又こんなことが書き添えてあった。――わたしはまだ一度もあなたにお目にかかったことがありません。したがって何かよい加減のでたらめを書いて来たのではないかという御疑念があるかも知れません。この記事に何のいつわりもないことはわたしが、誓って保証します。わたしは唯あなたに対して、現在の世の中にもこんな奇怪な事実があるということを御報告すればよろしいのです。万一それを発表なさるようでしたら、どうかその場所の名や、関係者の名だけは、然るべき変名をお用いくださるようにお願い申して置きます。
 あながち材料に窮しているためでもないが、この不思議な物語をわたしひとりの懐中にあたためて置くのに堪えられなくなって、わたしはその原稿に多少の添削を加えて、すぐに世の読者の前に発表することにした。但しT君の注文にしたがって、関係者の姓名だけは特に書き改めたことをはじめに断わっておく。場所は単に伊豆地方としておいた。伊豆の国には伊東、修善寺、熱海、伊豆山をはじめとして、名高い温泉場がたくさんあるから、そのうちの何処かであろうとよろしく御想像を願いたい。T君の名も仮りに遠泉君として置く。

 遠泉君は八月中旬のある夜、伊豆の温泉場の××館に泊まった。彼には二人の連れがあった。いずれも学校を出てまだ間もない青年の会社員で、一人は本多、もう一人は田宮、三人のうちでは田宮が最も若い二十四歳であった。
 遠泉君の一行がここに着いたのはまだ明るいうちで、三人は風呂にはいって宿屋の浴衣に着かえると、すぐに近所の海岸へ散歩に出た。大きい浪のくずれて打ち寄せる崖のふちをたどっているうちに、本多が石のあいだで美しい蟹を見つけた。蟹の甲には紅やむらさきや青や浅黄の線が流れていて、それが潮水にぬれて光って、一種の錦のように美しく見えたので、かれらは立ち止まってめずらしそうに眺めた。五色蟹だの、錦蟹だのと勝手な名をつけて、しばらく眺めていた末に、本多はその一匹をつかまえて自分のマッチ箱に入れた。蟹は非常に小さいので大きいマッチの箱におとなしくはいってしまった。
「つかまえてどうするんだ。」と、ほかの二人は訊いた。
「なに、宿へ持って帰って、これはなんという蟹だか訊いて見るんだ。」
 マッチ箱をハンカチーフにつつんで、本多は自分のふところに押し込んで、それから五、六町ばかり散歩して帰った。宿へ帰って、本多はそのマッチ箱をチャブ台の下に置いたままで、やがて女中が運び出して来た夕飯の膳にむかった。…

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