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子供役者の死
こどもやくしゃのし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「文藝別冊[総特集]岡本綺堂」 河出書房新社
2004(平成16)年1月30日
初出「子供役者の死」隆文館、1921(大正10)年3月
入力者川山隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-06-02 / 2014-09-21
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ペテロは三たびキリストを知らずといえり。――これはそんなむずかしい話ではありませんと、ある人は語った。

 なんでも慶応の初年だと聞いていました。甲州のなんとかいう町へ、江戸の子供役者の一座が乗り込んだのです。十七八をかしらに十五六から十二三ぐらいの子供ばかりで、勿論たいした役者でもなかったのですが、その頃のことですから、ともかくもお江戸の役者が来たというので、初日のあく前から大変な人気で、遠い山奥からも見物に出て来るという勢いで、芝居は毎日売り切れだったそうです。二日替りの狂言が五度も替ったというのですから、その景気も思いやられます。
 その一座のうちに六三郎という女形がありました。中村というのか、尾上というのか、市川というのか忘れてしまいましたが、年は十六、娘形専門の綺麗な児で、忠臣蔵の小浪や三代記の時姫などを勤めていたのですが、なにしろ舞台顔もよし、小手も利くもんですから、これがまた大変の人気役者で、女客の七分はこの六三郎を見に来るというような有様でしたが、そのうちでも特別に六三郎を贔屓にしたのは、お初という女で……。年齢は二十五六だったそうですが、色の浅黒い、細おもての小粋な女で、今こそこんな田舎に引っ込んでいますが、生まれはやはり江戸で、清元などをよく語ったそうです。
 そんな風ですから、田の草を取っている在所の娘さん達とは自然と肌合いも違いましょうし、その上に両方とも江戸者同士ですから、六三郎とも調子が合って、話もだんだんに面白くなって来たんですね。人気稼業はしていても、まだ十六の六三郎ですから、江戸にいた頃には一度も浮いた噂を聞かなかったのですが、どうもこの頃は様子がおかしいと、一座のうちでも年嵩の者は眼をつけるようになりました。子供達にさえそう見えたのですから、小屋ぬしの目にも耳にもはいらない筈はありません。関係者一同はだいぶ心配を始めました。というのは相手が悪い。
 このお初は鰍沢の吉五郎という博奕打ちの妾でした。吉五郎はここら切っての大親分で、子分の二百人も持っているという男で、それはそれは大した威勢だったそうです。お初は江戸から甲州へ流れて来て、鰍沢あたりの小料理屋に奉公していたのを、吉五郎が引っこ抜いて来て、自分の家の近所に囲って置いたのです。お初も如才ない女ですから、うまく親分に取り入って、なんでも言う目が出るという贅沢ざんまいで、ずいぶん派手に暮らしていたそうです。それが今度、かの六三郎とこんな訳になってしまって、しまいにはだんだんに増長して、真っ昼間でも自分の家へ男を引っ張り込むという始末になったもんですから、小屋主ももう打っちゃっては置かれなくなりました。
 これが普通のお大尽の持ち物かなんぞならば、万一そのことが露れたとしても差したる面倒も起こらず、女がお払い箱になるくらいのことでけりが付くんでしょうけれども、相手が長脇差…

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