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木曽の怪物
きそのえてもの
副題――「日本妖怪実譚」より
――「にほんようかいじったん」より
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣2 岡本綺堂妖術伝奇集」 学研M文庫、学習研究社
2002(平成14)年3月29日
初出「文芸倶楽部 日本妖怪実譚」1902(明治35)年7月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-10-12 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これは亡父の物語。頃は去る明治二十三年の春三月、父は拠ろなき所用あって信州軽井沢へ赴いて、凡そ半月ばかりも此の駅に逗留していた。東京では新暦の雛の節句、梅も大方は散尽くした頃であるが、名にし負う信濃路は二月の末から降つづく大雪で宿屋より外へは一歩も踏出されぬ位、日々炉を囲んで春の寒さに顫えて[#「顫えて」は底本では「顛えて」]いると、ある日の夕ぐれ、山の猟師が一匹、鹿の鮮血滴るのを担いで来て、何うか買って呉れという。ソコで其の片股だけ買う事に決めて、相当の価を払い、若も暇ならば遊びに来いと云うと、田舎漢の正直、其の夜再び出直して来た。此方も雪に降籠められて退屈の折柄、其の猟師と炉を囲んで四方山の談話に時を移すと、猟師曰く、私は何十年来この商売を為ていますが、この信州の山奥では時々に不思議な事があります、私共の仲間では此れを一口に『怪物』と云いまして、猿の所為とも云い、木霊とも云い、魔とも云い、その正体は何だか解りませんが、兎にかく怪しい魔物が住んでいるに相違ありません。と、冒頭を置いて語り出したのが、即ち次の物語だ。因に記す、右の猟師は年のころ五十前後で、いかにも朴訥で律儀らしく、決して嘘などを吐くような男でない。
 昔からのお噺をすれば種々あるが、先ず近い所では現に三四年前、私が二人の仲間と一所に木曽の山奥へ鳥撃に出かけた事がある。そういう時には、一日は勿論、二日三日も山中を迷い歩く事があるから、用心の為に米または味噌、鍋釜の類まで担いで行く。で、日の暮れかかる頃、山奥の大樹の蔭に休んで、ここに釜を据え、有合う枯枝や落葉を拾って釜の下を焚付け、三人寄って夕飯の支度をしている中、一人が枯枝を拾う為に背後の木かげへ分入ると、ここに大きな池があって、三羽の鴨が岸の浅瀬に降りている。這奴、幸いの獲物、此方が三人に鳥が三羽、丁度お誂え向だと喜んで、忍び足で其の傍へ寄ると、鴨は人を見て飛ばず驚かず、徐かに二足ばかり歩いて又立止る、この畜生めと又追縋ると、鴨は又もや二足ばかり歩む、歩めば追い、追えば歩み、二三間ばかりも釣られて行く時、他の一人が此の体を見て、オイオイ止せよせ、例の怪物に相違ねえよと、声をかける。成程と心付いて其のまま引返して、私に其の噺をするから、ハテ不思議だと三人一所に、再び其の木かげへ往って見ると、エエ何の事だ、鴨は扨措いて、第一に其の池もない、扨はいよいよ怪物の所為だと、猶能くよく四辺を見ると、其の辺は一面の枯草に埋っていて、三間ばかり先は切ッ立の崖になっているので、三人は思わず悸然として、若もウカウカと鴨に釣られて往こうものなら、此の崖から逆落しに滑り落ちるに相違なく、仮え生命に別条ないとしても、屹と大怪我をする所だ、アア危いと顔を見合せて、旧の処へ引返すと、釜の下は炎々と燃上って、今にも噴飛しそうに釜の蓋がガタガタ跳っている。ヤア飯が焦げるぞ…

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