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姨捨
おばすて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集 第6巻」 小学館
1988(昭和63)年6月1日
初出「文藝春秋」1940(昭和15)年7月号
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2004-01-15 / 2014-09-18
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

わが心なぐさめかねつさらしなや
をばすて山にてる月をみて
          よみ人しらず



 上総の守だった父に伴なわれて、姉や継母などと一しょに東に下っていた少女が、京に帰って来たのは、まだ十三の秋だった。京には、昔気質の母が、三条の宮の西にある、父の古い屋形に、五年の間、ひとりで留守をしていた。
 そこは京の中とは思えない位、深い木立に囲まれた、昼でもなんとなく薄暗いような処だった。夜になると、毎晩、木菟などが無気味に啼いた。が、田舎に育った少女はそれを格別寂しいとも思わなかった。そうして其屋形にまだ住みつきもしないうちから、少女は母にねだっては、さまざまな草子を知辺から借りて貰ったりしていた。京へ上ったら、此世にあるだけの物語を見たいというのは、田舎にいる間からの少女の願だった。が、まだしるべも少い京では、少女の心ゆくまで、めずらしい草子を求めることもなかなかむずかしかった。
 国守までした父も、母と同様、とかく昔気質の人だったから、京での暮らしは、思ったほど花やいだものではなかった。が、少女はそういう父母の下で、いささかの不平も云わずに、姉などと一しょにつつましい朝夕を過ごしていた。「もっと物語が見られるようになれば好い」――只、少女はそう思っていた。
 その年の末、一しょに東にも下っていた継母が、なぜか、突然父の許を去って行った。翌年の春には又、疫病のために気立のやさしかった乳母も故人になってしまった。此頃或右馬頭の息子がおりおり姉の許に通ってくる外には、屋形はいよいよ人けのなくなるばかりだった。が、当時何よりも少女の心をいためたのは、「これを手本になさい」と云われて少女が日毎にその御手を習いながら、人知れず物語の主人公に対するようなあくがれの心を抱いていた、侍従大納言の姫君までが、その春乳母と同じ疫病に亡くなられてしまった事だった。「とりべ山谷に煙のもえ立たばはかなく見えし我と知らなむ」――少女が日頃手習をしていた姫君の美しい手跡にそんな読人しらずの歌なんぞのあったのが、いまさら思い出されて、少女には云いようもなく悲しかった。
 が、そういう云いしれぬ悲しみは、却って少女の心に物語の哀れを一層沁み入らせるような事になった。少女はもっと物語が見られるようにと母を責め立てていた。それだけに、其頃田舎から上って来た一人のおばが、源氏の五十余巻を、箱入のまま、他の物語なども添えて、贈ってよこして呉れたときの少女の喜びようというものは、言葉には尽せなかった。少女は昼はひねもす、夜は目の醒めているかぎり、ともし火を近くともして几帳のうちに打ち臥しながら、そればかりを読みつづけていた。夕顔、浮舟、――そう云った自分の境界にちかい、美しい女達の不しあわせな運命の中に、少女は好んで自分を見出していた。いままだ自分は穉くて、容貌もよくはないが、もっとおとなに…

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