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塵埃は語る
ほこりはかたる
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」 論創社
2004(平成16)年7月25日
初出「子供の科学 四巻五号、五巻一~二号」1926(大正15)年12月~1927(昭和2)年2月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-09-30 / 2014-09-21
長さの目安約 24 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

誘拐

 今年の夏は近年にない暑さが続きましたが、九月半ばになると、さすがに秋風が立ちはじめて、朝夕はうすら寒いくらいの気候となりました。わが少年科学探偵塚原俊夫君は、八月に胃腸を壊してからとかく健康がすぐれませんでしたが、秋になってからはすっかり回復して元気すこぶる旺盛、時々、私に向かって、
「兄さん、何かこうハラハラするような冒険はないかなあ。僕は近頃腕が鳴って仕様がない」
 と、皮肉の嘆をもらすのでした。
「さあ、こればかりはどうも仕様がないねえ。人殺しや強盗など、めったにない方が世の中は安全だからねえ」
「それはそうだけれど、僕にとっては、安全な世の中なんて、平凡でつまらない。何か面白い事件でも起こってくれなければ、それこそまた、病気に罹りそうだ」
 およそ一ヶ月あまり、これという大事件の依頼もなかったので、俊夫君の失望するのも無理はありません。
「だが事件がないからといって、こちらでこしらえるわけにはいかん。まあじっと辛抱して待つより他はないねえ」
 私はこう言って慰めるより他はありませんでした。
 ある日の午前、私たちが、いつものような会話を繰り返していると、おもてに自動車の止まる音がして、次いで私たちの事務室の扉をはげしく叩く人がありました。いつも来客の時は私が迎えに出るのでしたが、その日は俊夫君が飛びだしてゆきました。
 来訪者は四十格好の、洋服を着て口髭を生やした立派な紳士でした。何か心配事があると見え、顔色が青ざめて見えました。俊夫君は丁寧に招じ入れて椅子を差しだし、私を紹介してから、しずかに来意を尋ねました。
「私は本郷東片町に住む富田重雄というものでして、××銀行の重役を致しております」
 と言いながら名刺を出して俊夫君に与え、
「昨日、家内に心配事ができましたについて、そのご相談に来ました」
 と、品のある言葉づかいで紳士は語りました。
「心配事とはどんなことですか」
 と、俊夫君は紳士の顔をじっと見つめながら尋ねました。
「今年七歳になる長男が、何者にか誘拐されたのです」
「誘拐」と聞くなり、俊夫君は、チラと私の顔を眺めました。その眼には、
「兄さん、待ちこがれていた事件がいよいよやってきたよ。嬉しいじゃないか」
 という意味が明らかにあらわれておりました。
 しかし、俊夫君は、少しも顔色を変えないで、
「どうか、その顛末をお話しください」
 と、いたって平静な言葉で申しました。

 紳士は語りました。
「この事件をお話しする前に、一応、私の家庭の事情を簡単に申しあげます。昨日誘拐されました長男の豊は、先妻との間にできた子でございまして、豊の母は、昨年の四月に病死しました。それ以後私はずっと独り身で暮らしてきましたが、ゆえあって、先月後妻を迎えたのです。
 常子というのが後妻の名でして、卑しい身分のものですけれど、――ちょっとここ…

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