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血の盃
ちのさかづき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「現代」1926(大正15)年7月号
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-05-11 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 因果応報は仏教の根本をなす思想であって、私たち日本人も、伝統的にこの因果応報の観念に支配され、悪いことをすれば、必ずそれに対するむくいが来はしないかと、内心ひそかに恐れ慄くのが常である。そうした恐怖が一旦人の心に蟠ると、何か悪い出来事が起るまでは、その恐怖心が漸次に膨脹して行って、遂にその恐怖心そのものが、怖ろしい出来事を導くに至るものである。他人を殺して後、怖ろしい祟を受けるというような例は古来沢山あったが、いずれも良心の苛責によって生じた恐怖心が、その人を導いて、その祟を招くようにしたものといっても敢て差支ないと思う。
 尤も、かような祟は多くは偶然の出来事のように見えるものである。だから、天罰とか神罰とか言われるのであるが、ポアンカレーの言うように、偶然というものは、実は原因を見つけることの出来ぬ程複雑な「必然」と見做すのが至当であって、怪談や因果噺の中にあらわれる偶然を、私はむしろ、この「複雑な必然」として解釈したいと思うのである。これから記述しようとする物語も、やはり同様に解釈さるべき性質のものであろうと思う。
 これは私の郷里なる愛知県××郡△△村に起った事件であるが、明治三十八年のことで、村から出征した軍人の大半が戦死し、人々の神経が極度に緊張して居た時分であるから、強く村人の心を揺り動かし、郷里の人々は、いまだに戦慄なしで話すことの出来ぬくらい深い印象を与えられた。
 話は村の素封家の一人息子と、貧乏な綿打屋の小町娘との恋物語に始まる。男は木村良雄といって、当時東京の某私立大学に在学中、女は荒川あさ子といって、当時二十歳の鄙には稀に見る美人であった。良雄とあさ子とは所謂幼な馴染であって、二人の家は、鎮守の社の森を隔てて居るだけであったから、二人はよく、神社の境内で砂をいじって遊んだものである。
 然し、生長すると共に二人は当然はなればなれになった。良雄は名古屋の中学校に通うようになり、あさ子は一人ぎりの父のかぼそい商売を手伝って、まめまめしく働いて家にとどまった。たまたま良雄が休暇に帰省しても二人はただ、時候の挨拶を取りかわすぐらいのものであった。
 ところが良雄が中学を卒業して東京に遊学するようになってから、良雄のあさ子に対する態度は今迄のように無頓着なものではなくなった。ことに良雄は東京で悪友に誘われて遊里に出入りすることを覚えたのであるから、それでなくてさえ、いわゆる青春の血に燃え易い時期のこととて、初心なあさ子の美しい姿が、どんなに彼の心を動かしたかは想像するに難くなかった。そうして、良雄の情熱の力がはげしくて、あさ子を征服したのか、或はあさ子もそれとなく良雄に思いを寄せて居たのか、二人は遂に人目をしのぶ仲となったのである。
 今から思えば良雄の恋には始めから不純な分子が沢山含まれて居ったのに反し、あさ子の恋は純潔そのものであ…

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