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新案探偵法
しんあんたんていほう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「大衆文芸」1926(大正15)年10月
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-06-25 / 2014-09-21
長さの目安約 23 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 鯉坂嗣三君は生理学者であります。
 彼は奇人とよばれることを頗る嫌って居りますけれど、友人たちは、ことごとく彼を奇人だといって居ります。すべて、医学を修めて、「医者」にならない人間には、どこかに変ったところのあるものですが、とりわけ、生理学を専攻する者の中には、ちょいちょい人間ばなれのした人があって、わが鯉坂君も、どちらかというと、その人間ばなれのした部類に属して居るのであります。
 そもそも、学問を飯の種にするということは、本来誤った考えでありますけれど、学者だとて人間である以上食わずに生きて居ることは出来ません。ですから、大学を出て生理学を専攻する人は、二三年の後、それぞれ地位を求めて職に就くのが普通であります。ところが、わが鯉坂君は、真に学問を楽しむだけでありまして、大学を出てから生理学教室に入り、爾来数年を経過して、その間に主任教授から、地方の大学のよい地位を周旋されたことが二三度ありましたけれど、決して動こうとはしませんでした。尤も鯉坂君には係累というものがなく、親譲りの財産があって、食って行くには少しも差支ありませんでしたから、落ちついて生理学の研究に従事することが出来たのであります。
 学問をするものは妻子があってはならない、というのが鯉坂君の持論です。これまで友人たちが何故かといってきいても、彼は決してその理由を説明しませんでした。総じて無妻主義というものは、思想上から起るのは稀であって、多くは生理的の欠陥とか、経済上の都合とかで起るものでありますから、鹿爪らしく説明するのは野暮なことであるかも知れません。ことに鯉坂君のごときは、研究に興が乗ると、昼夜の別なく熱中するのですから、細君が若しあったとしたら、随分迷惑をするにちがいありません。鯉坂君の無妻主義も、恐らくそうしたプラクチカルな理由から生れたのであろうと、思われます。
 学問をするものは、いう迄もなく頭脳が明晰でなくてはなりません。ところが鯉坂君の頭脳は、明晰という言葉で形容するには、あまりにも複雑して居るように思われます。然らばどんな風に複雑して居るかといわれると一寸返答に困りますが一口に言うと、鯉坂君の頭は、融通がききかねるのであります。といって決して頭が悪いのではありません。彼は頗る懐疑的であると同時に、その趣味も相当に広いのであります。懐疑的な頭はいう迄もなく独創的でありまして、これ迄、鯉坂君は随分色々な研究を企てたのであります。又、一つの学問に従事するものは、兎角、他の学問を顧みないものですが、彼は犯罪学に興味を持ち、時には犯罪探偵法の革命を企てようかと考えたこともありました。
 ところが、鯉坂君が、跡から跡から思いついて着手した研究は、未完成に終るものが少くありませんでした。これが即ち、彼の頭の複雑な点なので、彼にとっては頗る気の毒な点でもあります。然し彼は決して、…

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