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血友病
けつゆうびょう
作品ID48080
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「サンデー毎日」1927(昭和2)年7月17日号
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-04-26 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「たとい間違った信念でもかまいません、その信念を守って、精神を緊張させたならば、その緊張の続くかぎり、生命を保つことが出来ると思います」
 医師の村尾氏は、春の夜の漫談会の席上で、不老長寿法が話題に上ったとき、極めて真面目な顔をして、こう語りはじめました。
「今から十年ほど前、私が現在のところで開業して間もない頃でした。ある夏の日の朝、私は、同じ町内の下山という家から、急病人が出来たから、すぐ来てくれといって招かれました。この家は老婦人と、それにつかえる老婆との二人ぐらしでしたが、主人たる隠居さんを私は一度も見たことがなく、又その家から往診に招かれたこともありませんでした。何でもその隠居さんは非常な高齢で、しかも敬虔なクリスチャンだということでしたから、町内の人たちは、色々な噂をたてましたが、隠居さんは、あまり世間と交際しなかったので、誰もその家の内情を知るものはありませんでした。ところが、今その隠居さんが、急病にかかったからと、召使の老婆が往診を頼みに来ましたので、私は半ば好奇心をもってすぐさま出かけたのであります。
 先方へ行くと、驚いたことに、隠居の老婦人は、奥座敷の坐蒲団の上に端然として坐って居ました。けれども、私が一層驚いたのは、隠居さんの風[#挿絵]です。通常老人の年齢を推量することは困難なものですけれど、私は隠居さんが、九十歳以上にはなって居るだろうと直覚しました。といえば、大てい皆さんにも想像がつくだろうと思いますが、頭髪には一本の黒い毛もなく、顔には深い皺が縦横に刻まれて居て、どことなく一種のすご味がただよい、いわば、神々しいようなところがありました。然し、私にとっては、はじめて見た顔ですけれど、明かに、はげしい憂いの表情が読まれました。
 ――どうなさいました? どこがお悪いのですか。と、挨拶の後私はたずねました。
 老婦人は無言のままじっと私の顔をながめました。その眼は異様に輝いて、もし、それが妙齢の女であったならば、恋に燃ゆるとしか思われない光りを帯びて居ましたから、私はぎょッとしたのです。
 ――先生、私はもう、死なねばなりません。とても、先生のお手でも、私の死を防ぐことは出来ぬと思いましたけれど、この年になっても、やはりこの世に未練がありますから、とに角御よびしたので御座います。
 老婦人は、高齢に似ず、はっきりとした口調で語りました。もし、それが秋の夜ででもありましたら、恐らく私は座に堪えぬほど恐怖を感じただろうと思います。
 ――一たい、どうしたというのですか。
 ――御わかりにならぬのも無理はありません。では、どうか一通り、わけを御ききになって下さいませ。実は、私の家には恐ろしい病気の血統があるので御座います。一口に申しますと、身体のどこかに傷を受けて血が出ますと、普通の人ならば、間もなく血はとまりますのに、私の一家のものは…

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