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科学的研究と探偵小説
かがくてきけんきゅうとたんていしょうせつ
作品ID48082
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「小酒井不木探偵小説選 〔論創ミステリ叢書8〕」 論創社
2004(平成16)年7月25日
初出「新青年 三巻三号」1922(大正11)年2月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2010-09-17 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私は幼い時分から探偵小説が好きで、今でも相変わらず読みふけっている。いつ読んでも面白い。ポーや、ドイルや、ガボリオの探偵小説は常に自分の座右に置かれてある。何度繰り返し読んでも面白い。紐育に留学していた時分は週刊の探偵小説雑誌を買って、毎夜床に入ってから夜更けまで読んだ。
 ある時ハドソン河を隔てたジャーセー市に殺人事件が起こった。犯人は久しい間検挙されなかった。するとある日の紐育タイムス紙の論説欄に、官憲の手ぬるさを罵った傍ら、ポーの探偵小説「マダム・ロージェの怪事件」が引用してあった。すなわち事件の性質が似ているからである。
 この小説は、ポーが費府に新聞記者をしている時、紐育の下町で評判の美人が殺されてハドソン河に捨てられてあった事件を、当時の貧弱な新聞記事を基として、仏国巴里に起こった話として書きあげたものである。
 この小説でポーはデュパンという名探偵をして立派に事件の真相を言い当てしめたので、きわめて有名なものである。タイムス紙は、今、ポーが生きていたらあんなに貧乏しないで、名探偵として、摩天閣の一部に立派な事務所を設けたに違いない、なぜ第二のポーが出ないだろうかと結論した。
 私はハドソン河畔を散歩するたびに、死骸の浮いていたのはこの辺だったろうかなどといつもこのポーの小説を思い起こした。さらに英国に渡ってからは、例のシャーロック・ホームズの住んでいたというベーカー街などを散歩して、いい知れぬなつかしい想像にふけったものである。
 一度などは小説中のホームズの住居なる二百十二番地B〔(正しくは二二一B)〕は果たしてあるだろうかと考えて、調べたらもちろん無かった。しかし作者のコナン・ドイルは、あるいは一時この辺に住んだのかもしれないと思ったりした。人間の楽しさは空想に生き得るところにあるとさえ私は考えている。
 探偵小説を読んだおかげでどこへ行っても面白い。それこそスチーブンソンではないが、辻馬車を見ても一種のロマンスを見出だすようなこともある。倫敦塔や、セント・ポールス寺院を訪うたびにエーンズウォースの小説を思い出さずにはいられなかった。
 巴里へ移り住んでからはガボリオの探偵小説に出ている所を散歩して、その時代の巴里の有様を思い浮かべ、名探偵ルコックが活動した様子などをいろいろ胸に描いてみた。もとより、実在の人物ではないが、実在した人や架空の人を取りまぜて想像するところにこの上もない楽しさがある。
 小説なかんずく探偵小説は、私の外国留学中、多大の楽しみを供給してくれたのみでなく、私の専門の科学研究にも多大の力を与えてくれた。科学的研究に最も必要なるは観察力と想像力とである。しかして探偵小説はいかに事物を観察し、いかに想像を働かすべきかを教えてくれた。実際、昔から優れた科学者は観察力と想像力のよく発達した人たちであった。
 たとえばニュート…

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