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按摩
あんま
作品ID48085
著者小酒井 不木
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「新青年 増刊号」博文館、1925(大正14)年8月号
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-04-20 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 コホン、コホンと老按摩は彼の肩を揉みながら、彼の吸う煙草の煙にむせんで顔をしかめた。少し仰向き加減に、首と右肩との角度を六十度ぐらいにして居るところを見ると、生れつきの盲人であるらしい。
 郊外の冬の夜は静である。
「旦那はずいぶん煙草ずきですねえ。三十分たたぬうちに十本あまりも召し上ったようですねえ」
 と、彼は狡猾そうな笑いを浮べて言った。
「うむ。俺はニコチン中毒にかかったんで、身体中の肉がこわばってどうにもならぬから、按摩が通るたびに呼びこまずには居れんのだ。何とかしてこのニコチン中毒は治らぬものかなあ」と彼は中年のニコチン中毒患者に特有な蒼白い顔をして、でも巻煙草を口から離さずに言った。
「そりゃ旦那、眼をつぶすに限りますよ」
「ええッ? 何?」と彼は、わが耳を疑うかのように、暫らく巻煙草を口から離して按摩の返答を待った。
「両方の眼をつぶして盲人になるんですよ。眼をつぶせば、あの恐しいモルヒネ中毒さえなおるのですもの、ニコチン中毒ぐらいは訳もなくなおると思うのです」
 彼は背筋にひやりとするような感じを起した。
「お前はその経験があるとでもいうのか?」とたずねた彼の声は、心もち顫えて居た。
「そうですよ。実は私の眼も、むかしは一人前に見えたんですが、ふとしたことからモルヒネ中毒にかかって、あげくの果に、眼をつぶすことになりましたが、眼が見えなくなると、不思議にもモルヒネ中毒はけろりとなおりましたよ」
「ふむ、妙な話だなあ。どうしてモルヒネなんか嚥む気になったんだい?」と彼は聊か好奇心に駆られて、どんよりして居た眼を輝かした。
「さあ、それをきかれると困るんですけれど……」
「いや、話してくれよ」と、彼は吸いさしの煙草を火鉢の灰の中へ突きさした。
 按摩はにやり笑った。
「大ぶ乗気になりましたねえ。ええ、もう、白状してもかまわぬ時ですから、思い切って御話ししましょう。実はねえ旦那、私は若い時に人殺しをしたんです」
 彼はぎくりとした。
「ははは、旦那、少し肩の肉がかたくなりましたねえ。なに、そんなにびっくりなさることではありませんよ。今じゃ私もおとなしい人間です。まあ私のいうことをお聞き下さい」

 按摩は、それから彼が恋の敵を殺すに至るまでのいきさつを凡そ一時間近くも話した。さすがの彼も、もう煙草どころではなく、段々話が進むにつれ、好奇心が恐怖に変って、いわば鷲につかまった雀が、鷲から懺悔話をきいて居るといったような為体であった。

「……とうとう私はある晩、奴を森の中へおびき出しましたよ。いよいよの時になって、私は奴を一歩先へあるかせ、うしろから右の頸筋を、短刀でぐさと突きました。人なみはずれて背の高い奴でしたから、突いた拍子に、頸動脈から、私の右の眼にパッと暖かいものがかかったかと思うと、焼けるように眼が痛み出したんです。恋敵の血という奴は…

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