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ある自殺者の手記
あるじさつしゃのしゅき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「怪奇探偵小説名作選1 小酒井不木集」 ちくま文庫、筑摩書房
2002(平成14)年2月6日
初出「サンデー毎日特別号」1927(昭和2)年9月号
入力者川山隆
校正者宮城高志
公開 / 更新2010-04-26 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 加藤君、
 僕はいよいよ自殺することにした。この場合自殺が僕にとって唯一の道であるからである。
 断って置くが、僕は決して、最近死んだ某文士を模倣するのではない。世間の人は二つの自殺が相前後して発生すると、後の例を前の例の模倣であると見做そうとする。しかし、これほど馬鹿げた話はない。そんな風にいうならば、世の中のすべての出来事は模倣でなくて何であろう。
 が、僕はいま、このような理窟をいっている場合ではない。けれども、僕の自殺の動機だけは、僕の最も親しい君に告げて置きたいと思う。物事を深く考えたがる連中は、さもさも自殺者の心理が他人の推測をゆるさぬような複雑なものであるようにいうけれど、少くとも僕の場合は、決して複雑なものではない。複雑などころか、簡単過ぎる程簡単なものである。
 又、自殺者は、多くは何のために自殺するものであるかを知らないというものもある。然し、僕は僕が何のために死ぬかということを、はっきり知って居るつもりだ。
 それのみか、僕が何のために死ぬかということを、君も恐らく、僕と同じようにはっきり知っているであろうと思う。して見れば、何もわざわざこの手記をしたためる必要はない訳であるが、いざ自殺するとなったら、僕も旧友へ手記を送りたくなったのだ。この点は、某文士を模倣したといわれても僕は決して不服ではない。
 加藤君、
 いうまでもなく、僕の自殺の動機は失恋だ。失恋が僕の自殺の動機の全部だ。決して動機に至る道程を示しているだけではない。失恋しなければ僕は自殺しない。失恋したから僕は自殺するのだ。誰がどんなに解釈しようが僕の自殺の動機を失恋以外のものにもって行くことは出来ないのだ。
 このことは、僕に対して得恋者たる君にもはっきりわかることであろうと思う。ただ得恋者は、何ゆえに失恋者が自殺する気になるかという、その心持ちをはっきり理解し得ないと思う。失恋したら自分も自殺するかも知れぬとは誰でも考えることだが、一方において、なにも自殺するにはおよばぬとも考えるであろう。して見ると自殺を決心したものの心持ちは、自殺を決心しないものには到底理解し能わぬものだといえる。まったく自殺を決心したものの心持ちは、自殺者のみの知るところであって、世の自殺者はこの点に大に誇りを感じてしかるべきであろう。
 いよいよ自殺を決心した以上、今更、未練がましい言葉をつらねるのも気恥かしいが、思えば、君と僕とは何という奇しき運命のもとに置かれたのであろう。
 すでにその姓が同じ「加藤」であるということ、又同じ年に生れたということからして、不思議といえば不思議だが、しかも、同じ環境に育てられ、同じく医学を修め、その上、同じく恒子さんに恋をするというのは、むしろ呪われた運命であるといってよい。
 二人の男が一人の女を恋する。それはもう、劫初以来、人類の世界に、無数に繰返された…

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