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私の要求する探偵小説
わたしのようきゅうするたんていしょうせつ
作品ID48098
著者平林 初之輔
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新青年 第五巻第一〇号夏期増刊号・探偵小説傑作集」1924(大正13)年8月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-02-05 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私も以前にはだいぶ探偵小説を耽読したことがあった。四五年前までは新本でも丸善で二十五銭で買えた菊版の六片版を十銭位で古本屋からあさってあるいたこともあった。黒岩涙香の二三十冊もある翻案物を、神楽坂の貸本屋から次々にかりてきて一ヶ月かそこいらで大部分読んでしまったこともあったが、近頃は仕事が忙しいので余り探偵小説を読んでいるひまがない。それでも病気などになって堅い本を読めなくなると必ず探偵小説を手にする。『新青年』や博文館や金剛社あたりで出しているシリーズはたいてい読んでいる。ことに小酒井博士の書いたものなどは手にはいった範囲では読みおとしたことがないほど愛読している。
 けれどもただ手あたり次第に、面白いから、読むだけの話で探偵小説について何か書けなんて言われると何も書くことはない。ただ好きで読んでいるという以外にべつだん感想もない。強いていえば、日本の普通の小説は、むずかしくてよくわからないから、そして私の頭のように疲れてしまった頭を刺激する力がないから、刺激を与えてくれる読み物としてまず第一に探偵小説を選んでいるだけのことである。
 探偵小説の中にも、他の場合と同様に、つまらないのもあれば、傑作もある。そこで私は、これまでに読んだもののぼんやりした印象から、私一個のすきごのみに従って、どういう作品が好きかという探偵小説に対する注文をしてみることにする。もちろんこれは私一個の私見であって、探偵小説はすべてこうでなければならぬなどというのではない。ただ私だけが、こういう条件をそなえている作品が探偵小説の上乗のものだと考えるその条件をならべてみるまでである。
 第一の条件は取り扱っている事件が有り得る事件であり、犯罪や探偵の方法が実行し得るものであるということである。日本で有名になっているアルセーヌ・ルパンなどはこの条件から見ると上乗のものとは言えぬと思う。ドイツ皇帝がルパンに面会に来たり、ルパンが一人で同時に三人に変装していたりするのは、痛快には痛快だが、それ以上に現実味を損するという欠点がともなう。一体にやたらに変装して神出奇没するのは不自然な感じを与えて私などの年輩の読者には興味が余程そがれる。
 第二に探偵の方法が科学的である必要がある。あまりに眼にもとまらぬような直覚的探偵法は読者の好奇心をじゅうぶん納得させるかわりに混乱させてしまう。ある程度まで読者に探偵と一緒になって探偵させるくらいでなくてはいけない。もちろんこれが過度に失して、読者の方ではとうに犯人の目星がついているのに書中の探偵が一生懸命でまごまごしているようでは困る。けれども、たとえばセクストン・ブレイクのある作品のように、電光石火的の判断によって犯人をつきとめてしまわれては、読者の方が物足りない。一般に数の関係、時間の関係、距離の関係、およびあまりに専門的に流れぬ範囲で医学、薬学、物理…

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