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鉄の規律
てつのきりつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新青年 第一二巻第一〇号」1931(昭和6)年8月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-01-31 / 2014-09-21
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 今から何年か前、詳しく言えば、千九百――年の夏のある日、午後八時頃ポーラー〔(通気性に富む上等の織物)〕の上着に白セル〔薄地の織物〕のズボンをつけ、新しいパナマをかぶって、顔にマスクをつけた、背の高い男が、銀座三丁目の常盤ビルディングの六階の一室へ、ふらりとはいってきた。
 もう日はすっかり暮れて、華やかな電気の下を銀ブラのモガ〔モダン・ガールの略〕、モボ〔モダン・ボーイの略〕連が、目的のない夜の遊歩を享楽している時刻であった。
 彼は、室の中へはいると、すぐ、ポケットから懐中電灯を取り出して、室内を注意ぶかくしらべまわした。大東京の雑踏の中心にそびえ立っている広壮なビルディングの一室としては、これはまた何たる見すぼらしい室内の光景であろう。まるで俄づくりの県会議員の選挙事務所のような、プロザイック〔(Prosaic =おもしろくなく、殺風景な)〕な眺めである。
 室の中央には大きな丸卓子が裸のままで据えつけてあり、その周囲には粗末な椅子が五脚並べてある。卓子の上には、シェードを深くおろした台ランプが一つと、マッチをそえた灰皿が一つおいてあるきりだ。通りに面した窓の左寄りに書物机があって、その上にはインク壺とペンとがのっている。机の前には、回転椅子が一つそなえつけてある。その他には、側置卓子が一つと屑籠が一つころがっているきり――これがこの室の全調度である。
 マスクの男は素早く室内をしらべおわると、ポケットから紙片をつまみ出して、扉の鍵穴につめ、ゆっくりと卓子のそばへ進み寄って、台ランプのスイッチをひねり、それから懐中電灯を消してポケットの中へしまいこんだ。広い室の中に五燭の電灯がぽっかりついた。三尺とはなれては、新聞さへ[#「新聞さへ」はママ]読めない程の薄暗さである。窓にはシェードがおろしてあるし、鍵穴にもふたがしてあるので、光は全く室外には洩れない。
 男はどかりと一つの椅子にすわって、腕時計を見た。
 一分たった。
 扉の外にコンコンと、よく耳をすまさなければ聞きとれないくらいなノックがして、第二の男が、やはりマスクをつけて、はいってきた。この男は真っ白なリンネル〔亜麻織物〕の背広を着て、きれいに手入れをした白靴を穿いていた。二人ともまるで見知らぬ人同士のように言葉もかけず、ほとんど顔を見合わしすらしなかった。第二の男は、第一の男にむかいあった椅子に腰をかけた。二人はほとんど同時に無言で腕時計を見た。
 三十秒たった。
 また扉の外にノックがきこえて、第三のマスクの男がはいってきた。この男は黒のアルパカ〔薄地の織物〕の上着に、縞セルのズボンをはいて、麦藁帽子をかぶっていた。やはり無言のまま彼は第三の椅子に腰をかけた。
 数秒間、室内の空気は威圧するように重苦しかった。
 とつぜん第一の男が起ち上がった。
「僕は三十号」彼は英語で言った。
「…

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