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探偵小説壇の諸傾向
たんていしょうせつだんのしょけいこう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新青年 第七巻第三号新春増刊号・探偵小説傑作集」1926(大正15)年2月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-01-31 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



『カラマーゾフ兄弟』のような小説を読むと、誰でも少なくも二日や三日は、作品の世界からぬけきれないで、平凡極まる自分の生活がいやになるに相違ない。ロシアの近代思想を縦横に解剖してゆく検事の論告に読みふけっている最中に、「どうだい近頃は」というような、この上ないコンベンショナル〔型にはまった〕な話しかたをしかけるものがあったら、その瞬間には、相手の男がどんなに大学者であっても、まるで煉瓦のように無知な人間と映ずるに相違ない。
 いわんやそれを読んだ人が不幸にして、小説家であった場合には、どんなに身の程を知らぬ人が、どれ程きびしい督促を受けている場合にでも、二日や三日はペンをとる勇気を失うだろうと思う。「自分の書こうと思っていたことをみんな書いてしまわれた」という気がするに相違ない。自分をかえりみると、ごみのように不必要な、理由の薄弱な存在と映ずるに相違ない。
 ビーストンを読んでペンが萎縮する人は、ひとり甲賀三郎氏ばかりでなく、これは、多少発達した感性をもった(少なくも探偵小説を書いてみようと思う程度に発達した感性をもった)すべての生物に共通の現象であろうと私は考える。
『新青年』が、ある期間の間、しかもそうとう長期にわたる間、海外の傑作ばかりを紹介することにつとめてきたのは、意識的であるか偶然であるかは(編集者に失礼ながら)わからぬが、探偵小説を志す人の陥ったであろうイージーゴーイング〔無頓着〕な心持ちを抑えつけてしまう効果をもっていたことは争われない。もし、あれだけの海外の探偵小説を紹介する労力が省かれていたならば、日本の探偵小説は、きっと現在よりも遥かに低いレベルから出発して見苦しい発達をとげていたに相違ない。この点で、日本の探偵小説は、ほとんど最近にようやく勃興の機運を示してきたにもかかわらず、かなりフェーヴォラブル〔好意的〕な要約の下に生ぶ声を上げたものと言うべきであろう。
 しかし、何事にも相反する二面がある。危険を予感しているものが必ず危険を最も巧みに避けるものとは限っておらず、衛生のことばかり気にしている人が必ず病気にかからぬとはいえない。それのみか、あまり一つのことを気にしすぎると、かえってへまを演ずるものである。ムイシュキン公爵は、支那製の高価な花瓶をこわしはしないか、こわしはしないかと気にしたためにかえってそれをこわしてしまったのである。平気でいたら決して、こわす気遣いはなかったであろうに。
 それと同じことが探偵小説についても言えるように思う。あまり立派な作品を見たあとでは、作者がかたくなって、常にせい一ぱいのものをかいて読者をあっと言わせてやろうという気で張りつめて、その結果、凝って思案にあまるような作品ができあがる。それから、殺人や、犯罪では、どうも芸術的でない、もっと奇抜な、幻想の世界を織り出して見せるのでなければ、探偵小説が…

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