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アッタレーア・プリンケプス
アッタレーア・プリンケプス
作品ID48128
原題ATTALEA PRINCEPS
著者ガールシン フセヴォロド・ミハイロヴィチ
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「あかい花 他四篇」 岩波版ほるぷ図書館文庫、岩波書店
1975(昭和50)年9月1日
入力者蒋龍
校正者染川隆俊
公開 / 更新2009-03-29 / 2014-09-21
長さの目安約 20 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 とある大きな町に植物園があって、園内には、鉄骨とガラスづくりのとても大きな温室がありました。たいそう立派な温室で、すんなりとかっこうのいい渦巻形の円柱が列をなして建物の重みをささえ、その円柱には、枝葉模様をきざんだアーチが、かるがるともたれかかっておりました。そのアーチのあいだには、鉄のわくどりがさながらくもの網のように一面に組みあげられて、それにガラスがはめこんでありました。とりわけ太陽が西に沈みかけて、赤々とした光を浴びせかけるとき、この温室はまたひとしおの美しさでありました。そのとき温室は一面にぱっと燃えたって、真紅の照りかえしがきらきらと五彩に映えわたるありさまは、さながら細かにみがきをかけた大きな宝石を見るようでありました。
 透きとおった厚いガラスごしに、なにか閉じこめてある植物の姿が見えるのでありました。ひろびろした温室ではありましたが、それでも中にいる植物たちにとっては窮屈でありました。根という根は互いにまつわりついて、お互いの水気や養分を奪い合うのでした。木々の枝は、とても大きなしゅろの葉と入りまじって、それを押しひしゃげたり、裂きやぶったりしている一方では、自分たちもてんでに鉄のわくへのしかかって、曲がりくねったり折れたりしておりました。園丁たちは休む間もなしに木々の枝を刈り込んで、しゅろの葉の方は針金でからげ上げて、勝手きままに伸びさせないようにするのでしたが、それでも大してきき目はありませんでした。草木の身にしてみれば、ひろびろとした天地が、生まれ故郷が、そして自由がいるのでありました。その植物たちは熱帯地方の産で、栄耀な暮らしに慣れた華奢な生まれつきでしたから、故郷のことが忘れられず、南の空が恋しくてなりませんでした。ガラス張りの屋根がいくら透明だといっても、それは晴れわたった大空ではありません。冬になれば、時おりガラスの凍りつくこともあります。すると温室のなかはまっ暗になってしまいます。風はほえたけって、鉄のわくにつき当たり、びりびりとふるわせるのでありました。屋根には雪の吹きだまりがかぶさってしまいます。草木はたたずんだまま、ほえたける風の音に耳を澄ましては、自分たちに生気と健康を吹きこんでくれる、これとは違って暖かい、しっとりとぬれた風のことを思い出すのでした。するとまたあの風の息吹きに触れてみたくなるのでした。あの風に自分たちの枝をそよがせ、自分たちの葉をさらさらいわせて見たくなるのでした。ところがこの温室のなかの空気ときたら、ひそりともしないのです。もっとも時たま冬のあらしがガラスを吹きやぶって、霧氷をいっぱいに含んだ身を切るような冷気が、円天井の下へどっと流れ込むときは別でしたが。その冷気の流れに打たれたら最後、葉は色つやをなくして、縮みあがってしおれてしまうのでした。
 けれど割れたガラスはいち早くとり換えられるので…

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