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日本無政府主義者陰謀事件経過及び付帯現象
にほんむせいふしゅぎしゃいんぼうじけんけいかおよびふたいげんしょう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「啄木全集 第十卷」 岩波書店
1961(昭和36)年8月10日
入力者蒋龍
校正者阿部哲也
公開 / 更新2012-05-05 / 2014-09-16
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

明治四十三年(西暦一九一〇)六月二日
東京各新聞社、東京地方裁判所檢事局より本件の犯罪に關する一切の事の記事差止命令を受く。各新聞社皆この命令によつて初めて本件の發生を知れり。命令はやがて全國の新聞社に通達せられたり。
同年六月三日
本件の犯罪に關する記事初めて諸新聞に出づ。但し主として秋水幸徳傳次郎が相州湯ヶ原の温泉宿より拘引せられたるを報ずるのみにして、犯罪の種類内容に就いては未だ何等の記載を見ず。
比較的長文の記事を掲げたる東京朝日新聞によれば、幸徳傳次郎は四十三年四月七日、妻(内縁の妻管野すが)と共に相模國足柄下郡土肥村大字湯ヶ原に到り、温泉宿天野屋に在りて專心「基督傳」の著述に從ひ、五月六日妻と共に一旦歸京、同月十日更に單身同地に到り、悠々として著述の筆を續けゐたるものにして、六月一日に至り、歸京する旨を告げて午前七時三十分頃天野屋を立出で、人力車を驅りて輕便鐵道停車場に急ぐ途中、東京、横濱の兩地方裁判所判、檢事及び小田原區裁判所の名越判事等の一行六名に逢ひ、直ちに取押へられて一旦湯ヶ原駐在所に引致され、令状執行の上身體檢査を受けて同午前九(?)時十六分同地發輕便鐵道により東京に護送せられたるものなり。而して同紙は、幸徳は數ヶ月前より其同志中の或一部より變節者を以て目せられ、暗殺、天誅等の語を蒙るに至りしより、警視廳は却つて刑事を派して同人を警護せしめ、後同志の激昂漸く鎭靜するに及びて戒を解くに至りしものにして、湯ヶ原駐在巡査の如きは、拘引當日、同人の引かれて駐在所に入るに逢ひて其何の故なるかを知るに苦しみし旨、及び同じく天野屋に滯在中の田岡嶺雲氏が、幸徳と同郷の知人たる故を以て、幸徳拘引後種々の迷惑を享けたる旨を附記せり。この記事は「社會主義者捕縛」と題したるものにして、約一段に及べり。
同年六月五日
この日の諸新聞に初めて本件犯罪の種類、性質に關する簡短なる記事出で、國民をして震駭せしめたり。
東京朝日新聞の記事は「無政府黨の陰謀」と題し、一段半以上に亘るものにして、被檢擧者は幸徳の外に管野すが、宮下太吉、新村忠雄、新村善兵衞、新田融、古川力藏(作)の六名にして、信州明科の山中に於て爆裂彈を密造し、容易ならざる大罪を行はんとしたるものなる旨を記し、更に前々日の記事を補足して、幸徳が昨(四十二)年秋以來友人なる細野次郎氏の斡旋にて警視廳の某課長と數次の會見を重ね、遂に主義宣傳を斷念することを誓ひて同人に關する警戒を解かれたる事、及び其友人荒畑寒村が赤旗事件の罪に坐して入獄中、同人内縁の妻管野すがを妻(内縁)としたる事等によりて同志の怨恨を買ひたるものなるが、近來表面頗る謹愼の状ありしは事實なるも、そは要するに遂に表面に過ぎざりしなるべしと記載し、終りに東京地方裁判所小林檢事正の談を掲げたり。曰く、
今囘の陰謀は實に恐るべきものなるが、關係者は只前…

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