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おふさ
おふさ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「ホトトギス 第十二卷第十二號」1909(明治42)年9月1日
入力者林幸雄
校正者A子
公開 / 更新2012-07-28 / 2014-09-16
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 刈草を積んだ樣に丸く繁つて居た野茨の木が一杯に花に成つた。青く長い土手にぽつ/\とそれが際立つて白く見える。花に聚つて居る蟲の小さな羽の響が恐ろしい唸聲をなしつゝある。土手に添うて田が連る。石灰を撒いて居る百姓の短い姿がはらりと見えて居る。白い粉が烟の如く其の手先から飛ぶ。こまやかな泥で手際よく塗られた畦のつやゝかな濕ひが白く乾燥した田甫の道と相映じて居る。蛙が聲の限り鳴いて居る。田の先も對岸も皆畑である。畑は成熟しつゝある麥の穗を以て何處までも掩はれてある。麥の穗は乾いた土の如くこまやかに見える。桑畑が其間にくつきりと深い緑を染め拔いて居る。さうして村々の森がこんもりとして畑を限る。遠い森は麥の中に沒しつゝある如く低く連つて蒼く垂れた空に強い輪廓を描いて居る。鬼怒川は平水の度を保つてかういふ平野の間をうねり/\行くのである。ヤマべを啄む川雀が白い腹を見せつゝ忙し相にかい/\と鳴きめぐる。ひらりと身を交して河原に近い淺瀬の水を打つて飛びあがる。午時を過ぎた日の光を浴びて總ての物が快く見える。髮結のおふさはいそ/\として土手を北へ一直線に歩きつゝある。中形の浴衣の上には白い胸掛を掩うて居る。おふさが此の土手を北へ通ふ時は屹度器量一杯の支度である。白い胸掛は見るからはき/\として小柄なおふさを三つも四つも若くして見せた。油や櫛や職業に必要な道具の小さな包を左に抱へて右に蝙蝠傘をさして居る。普通人に異つた枯燥した俤がないではないがおふさに心配は見えない。土手を北へ通ふ時おふさの顏は晴々しい微笑を含んで居るのである。小娘でもするやうに肩の蝙蝠傘をくる/\と廻す。おふさは廿六である。短い道芝の間に白い足袋が威勢よく運ばれて行く。土手の果には鬱然たる森が有つて其森から手を出した樣に片側建の人家が岸に臨んで居る。川はぐるりと左へ曲折する。それで三四の白壁が遠くから河岸を陽氣に見せる。廻漕店の前には土手の下に高瀬船が聚つて居る。土手を斜に削つた坂には高瀬船へ積み込む米俵が順序よく轉されつゝある。あたりには土管やら空な酒樽やら雜多の物品が廻漕店の庭へ續いて土手の往來を狹くして居る。おふさは蝙蝠傘を蹙めて人足の間を過ぎた。惡戲好な人足共はおふさの後からぶつ切つた樣な短い詞で揶揄つた。然しおふさの耳には何にも感じない。さうして足早に歩き出して向の理髮床の店へはひつた。おふさが遙々と長い土手を通ふのは此の店があるからより外に何等の理由も想像されぬ。店には五十近い女房と一人は廿位な一人は十四五の娘とで働いて居る。男の職人は交らない。おふさは女房と顏を見合せて唯あどけなく嫣然とした。さうして髯を剃らせて居る客の後から姿見へ自分の姿を映して又嫣然とした。器量一杯の支度を映して見ることがおふさには非常に嬉し相である。おふさは蝙蝠傘と包とを網を吊つた棚へ乘せた。女房も他の二人も白の仕事衣を…

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