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須磨明石
すまあかし
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「長塚節全集 第二巻」 春陽堂書店
1977(昭和52)年1月31日
初出「馬醉木 第三卷第六號」1906(明治39)年10月12日
入力者林幸雄
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-08-03 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

蕎麥屋

 須磨の浦を一の谷へ歩いて行く。乾き切つた街道を埃がぬかる程深い、松の木は枝も葉も埃で煤が溜つたやうに見える、敦盛の墓の木蔭にはおしろいが草村をなしてびつしりと咲いて居る、柔かな葉はやつぱり埃が掛つて居るが、赤や黄の相交つた花には目立つて見えぬ、敦盛とおしろいの花といふ偶然の配合に興味を感じて名物の敦盛蕎麥へはいる、店先にはガラスの駄菓子箱があつてそれも埃である、歪んだ二疊程の座敷へ腰を掛ける、狹い土間には膝と突き合ふ計に松薪がしだらなく積んである、女房が蕎麥を呉れた、不味いこと甚だしい、淺い丼一杯だけやつと喰つた。女房の帶は落ち相である、隅の方で蕎麥を打つてる亭主は尻きり襦袢が粉だらけである、滅多に洗ふこともないと見える、然し段々俗化して行く須磨の浦にこんな野暮臭い名物が昔の儘に存して居るのは却てゆかしい心持がする、おしろいの花も蕎麥屋が植ゑてそれが段々に殖ゑてこんなに茂つたのだと思ふと一入感じがよくなる、一雨ざつと降りさへすれば松の葉もおしろいの葉も埃がすつかり洗はれて秋の涼しさは頓に催すのであらうが、蕎麥屋は依然として不味い蕎麥打つて名物の稱を恣にして居るのだと思ふと更に面白くなる、渚へ出ると海は極て穩かである、たま/\大きな波がゆるやかに來たと思つたらどさんと碎けて白い泡がさら/\と自分の足もとまで廣がつた。

網曳き

 明石の淋しい檐下を辿つて來ると、おい泊らないかと後から呼び掛けるものがある、振かへると縁臺の上に寢て居た親爺が起きあがりつゝいつたのである、古ぼけた紙看板の吊つてあるみすぼらしい店だ、いくらで泊めるかと聞たら胡坐を掻きながら辨當付で廿七錢にまけてやらうといつた、辨當はいらんといふとそれぢや廿四錢でいゝといふことになつた、滅相に安いので遂泊る氣になつて覗いて見ると涼し相な一間がある、草鞋をとる、井戸へ案内してこゝで足を洗ふがよいといふ、足を洗ふと店先で茶を一杯汲んでそこへ膳を出す、さうして二階へ蚊帳が釣つてあるから何時でも行つて寢るがいゝといふのである、案に相違したが廿四錢の泊りだと思ふと不平はない。
 濱で網を曳いて居るから行つて見たらどうだと亭主がいふので草履を借りて横丁から心あてに濱へ出る、闇い夜であるが海だけはぼんやり白んで淡路島がすぐ目の前に見えてともし灯がほのかに光る、淡路島は夜でも近いのである、海岸では唯わつ/\といふ騷ぎである、漁師は今一所懸命に網へたかつて居る所だ、驅け戻つてはつかまり/\よつさ/\と勢よく引つ張る、沖では聲を限りに叫ぶのが聞える、網がだん/\引き寄せられるに隨て沖の聲がだん/\に近づく、だん/\に近づいて網が太くなつて來ると漁師の活動が一層劇しくなる、網に引つからまつた鰯がしら/\と見えて來る、袋の中では今獲物が非常な混雜をして居るだらうと思ふ、あたりには人が一杯に群つて居る、小供等は手…

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