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赤い壺(二)
あかいつぼ(に)
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山頭火随筆集」 講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年7月10日
初出「層雲 大正五年二月号」1916(大正5)年2月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-07-10 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 自分の道を歩む人に堕落はない。彼にとっては、天国に昇ろうとまた地獄に落ちようとそれは何でもない事である、道中に於ける夫々の宿割に過ぎない。

 優秀な作品の多くは苦痛から生れる。私は未だ舞踏の芸術を解し得ない。私は所謂、法悦なるものを喋々する作家の心事を疑う。此意味に於て、現在の私は『凄く光る詩』のみを渇望している。

 涙が涸れてしまわなければ、少くとも涙が頬を流れないようにならなければ、孤独の尊厳は解らない。

 ほんとうに苦しみつつある人は、救われるとか救われたいとかいうことを考えない。そういう外的な事を考えるような余裕がないのである。

 空には星が瞬たいている。前には海が波打っている。曙を待つ私の心は暗い。この暗さの中で私の思想は芽吹きつつある。私は悩ましい胸を抑えて吐息を洩らしている。その吐息の一つ一つが私の作品である。

 夜は長いであろう。しかし夜はいかに長くても遂には明けるであろう。明けざるをえないであろう。闇の寂しさ恐ろしさに堪えて自己を育てつつある人の前には、きっと曙が現われて来る。

 同情したからとて涙を流す勿れ、同感だといって手を拍つ勿れ。心と心とのつながりは屡々、涙を流したり拍手したりすることのために破られた。

 二羽の雀が一銭であるとて嘆く勿れ。それは死んだ雀の価である。生きた雀は自由に大空を翔けりつつあるではないか。

 傷づけられて――傷づけられることによって生きてゆくものがある。

 自己の醜劣に堪え得なくなって、そして初めて自己の真実を見出し得るようになる。

 義人は苦しむ。偉大なる義人とは深刻なる苦痛を甞めて来た人である。

 正しきものは苦しまざるを得ない。正しきものは、苦しめば苦しむほど正しくなる。苦痛は思想を深め生活を強くする。苦痛は生を浄化する。

 真面目な人と真面目な人とが接したところにのみ生の火花が閃めく。彼等は友となるか、然らざれば敵となる、敵とならなければ友とならざるを得ないからである。

 日本人ほど自然を眺める国民はない。そして日本人ほど自然を知らない国民はない。

 日本人ほど小児を可愛がる国民はない。そして日本人ほど小児の心を理解しない国民はない。
(「層雲」大正五年二月号)



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