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行乞記
ぎょうこつき
作品ID48251
副題07 伊佐行乞
07 いさぎょうこつ
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第五巻」 春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-21 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 六月廿日 (伊佐行乞)

朝あけの道は山の青葉のあざやかさだ、昇る日と共に歩いた。
いつのまにやら道をまちがへてゐたが、――それがかへつてよかつた――山また山、青葉に青葉、分け入るといつた感じだつた、蛙声、水声、虫声、鳥声、そして栗の花、萱の花、茨の花、十薬の花、うつぎの花、――しづかな、しめやかな道だつた。
途中行乞しつゝ、伊佐町へ着いたのは一時過ぎだつた、こゝでまた三時間ばかり行乞して、どうやかうやら、野宿しないで一杯ひつかけることができた、ありがたいやら情ないやらの心理を味つた。
今日の行程七里、そして所得は、――
銭四十三銭に米八合。
伊佐で、春田禅海といふ真言宗の行乞相と話し合ふ機会を得た、彼は地方の行乞僧としては珍らしく教養もあり品格もある人間だ、しきりにいつしよに在家宿泊を勧めるのを断つて、私は安宿におちついた、宿は豊後屋といふ、田舎町に於ける木賃宿の代表的なものだつた、家の中が取り散らしてあるところ、おかみさんが妻権母権を発揮してゐるところ、彼女はまさに山の神だ、しかし悪い宿ではなかつた、食事も寝具も相当だつた。
同宿は四国生れの老遍路さん、彼もまた何か複雑な事情を持つてゐるらしい、ルンペンは単純にして複雑な人間である。
その人のしんせつ、ふしんせつ、頭脳のよさわるさ、――道をたづねるとき、あまりによくわかる。
今日の支出は、――
木賃二十五銭、飯米五合、たばこ四銭、端書六銭、酒代十銭、……
伊佐は風流な町だ、山あり田あり、鶯が鳴き不如帰が鳴く、狼が出るかも知れない、沙漠のやうに石灰工場の粉が吹き流れてゐる。
まだ蚊帳なしで寝られたのはよかつた、蚤の多いのには閉口した、古いキングを読んだり隣家のレコードの唄を聞いたり、――これもボクチン情調だ。
 朝風すゞしく馬糞を拾ふ人と犬
・山里をのぼりきて捨猫二匹
 捨てられて仔猫が白いの黒いの
・夏草の、いつ道をまちがへた
・虫なくほとりころがつてゐる壺
・道がなくなればたたへてゐる水
・これからまた峠路となるほとゝぎす
・ほとゝぎすあすはあの山こえてゆかう

 六月廿一日

習慣で早く眼が覚めたが起きずにゐた、梅雨空らしく曇つて、霧雨がふつてゐた。
七時出立、すぐ行乞をはじめる、憂欝と疲労とをチヤンポンにしたやうな気分である。
時々乞食根性、といふよりも酒飲根性が出て困つた、乞ふことは嫌だが飲むことは好きだ。
ひさ/″\で、飯ばかりの飯をかみしめた、そのうまさは水のうまさだ、味はひつくせぬ味はひだ。
本降りとなつたが、わざと濡れて歩きつゞけた、厚東駅まで八里、六時の汽車に乗つた。
山頭火には其中庵がある、そこは彼にとつて唯一の安楽郷だ!
  今日の行乞所得
米一升六合 銭四十一銭
途上一杯の酒、それこそまさに甘露!
汽車は便利以外の何物でもない、自動車は外道車だ!
足で歩くにまさるものなし、からだ…

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