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鉄鉢と魚籃と
てつばちとぎょらんと
副題――其中日記から――
――ごちゅうにっきから――
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山頭火随筆集」 講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年7月10日
初出「層雲 昭和十年十月号」1935(昭和10)年10月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-07-20 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 九月三日。
 曇、さすがに厄日前後らしい天候。
 朝は梅茶三杯ですます。身心を浄化するには何よりもこれがよろしい。
 前栽の萩――それは一昨年黎々火君と共に裏山から移植したもの――が勢よく伸びて、びっしり蕾をつけている。早いのはぽつぽつ咲きだしている。萩は何となく好きな花だが、それは山萩にかぎる。葉にも花にも枝ぶりにも私たち日本人を惹きつけるものがある。
 このごろの蚊のするどさ、そして蠅のはかなさ、いずれも死んでゆくもののすがたである。
 午前は郵便を待ちつつ読書。
 ハガキ三枚、黎々火君から、十返花君から、そして珍らしくも病秋兎死君から。雄郎和尚から絵葉書と詩歌八月号清臨句集黎明、これは若狭紙を大判のまま使って、なかなか凝ったものである。
 午後は近在行乞、家から家へ歩きまわっているうちに、何だか左胸部が痛むようなので、二時間ばかりで切りあげた。それでも米八合あまり頂戴している。さっそく炊いて食べる。まことに「一鉢千家飯」、涙ぐましくなる。
 今日の行乞相はよかったと思う。行乞の功徳はいろいろあるが、行乞していると、自分のことも他人のこともよく解る、我儘がいえなくなる。我儘を許さなくなる。我儘をたたきつぶして、自他本然の真実心を発露せずにはいられなくなる。

 九月四日。
 宵からぐっすり寝たので早くから眼が覚めて、夜の明けるのが待ち遠しかった。
 芋の葉を机上の日田徳利に挿す。其中庵にはふさわしい生花である。
 小雨がふりだした。大根を播く。托鉢はやめにして読書に倦けば雑草を観賞する。
 夕方、K君がひょっこり来庵、明日から出張する途次を立ち寄ってくれたという。渋茶をすすりながら清談しばらく、それからいっしょにF屋まで出かける。ほどよく飲んで酔うて戻って来たのは十二時近かったろう。

 九月五日。
 雨、だんだん晴れる。
 今日は澄太君が来てくれる日だ。
 待つ身はつらいな、立ったり坐ったりそこらまで出て見たり――正午のサイレンが鳴ってから、やっと懐かしい姿が現われた、Iさんといっしょに。
 酒、米、醤油、酢、豆腐、茄子、何から何まで御持参だ。これではどちらがお客だか解らない。客も主人もなくなったところに私たちのまじわりがある。
 名残はつきないけれど、六時の汽車へ見送る。人生はすべて一期一会のこころだ。
 さて、明日は托鉢しようか、魚釣しようか、もし其中庵にスローガンがあるとしたならば――
「今日は托鉢、明日は魚釣!」
(「層雲」昭和十年十月号)



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