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独慎〔扉の言葉〕
どくしん〔とびらのことば〕
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「山頭火随筆集」 講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年7月10日
初出「「三八九」第五集」1933(昭和8)年1月20日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-07-20 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 昭和八年一月一日、私はゆうぜんとしてひとり(いつもひとりだが)こここうしてかしこまっていた。
 昨年は筑前の或る炭坑町で新年を迎えた。一昨年は熊本で、五年は久留米で、四年は広島で、三年は徳島で、二年は内海で、元年は味取で。――
 一切は流転する。流転するから永遠である、ともいえる。流れるものは流れるがゆえに常に新らしい。生々死々、去々来々、そのなかから、或はそのなかへ、仏が示現したまうのである。
 私はまだ『あなたまかせ』にまで帰納しきっていないことを恥じるが、与えられるものは、たとえそれがパンであろうと、石であろうと、何であろうとありがたく戴くだけの心がまえは持っているつもりである。
 行乞の或る日、或る家で、ふと額を見たら、『独慎』と書いてあった。忘れられない語句である。これは論語から出ていると思うが、その意味は詮ずるところ、自分を欺かないということであろう。自分が自分に嘘をいわないようになれば、彼は磨かれた人である。人物に大小はあっても人格の上下はない。
 私は五十二歳の新年を迎えた。ふりかえりみる過去は『あさましい』の一語で尽きる。ただ感情を偽らないようにして生きていたことが、せめてものよろこびである。
 独慎――この二字を今年の書き初めとして、私は心の紙にはっきりと書いた。
(「三八九」第五集 昭和八年一月二十日発行)



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