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遺牘
いとく
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「西郷南洲遺訓」 岩波文庫、岩波書店
1939(昭和14)年2月2日
初出「西郷南洲遺訓」1939(昭和14)年2月2日
入力者田中哲郎
校正者川山隆
公開 / 更新2008-08-11 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     東上初年の消息

東湖訪問心中清淨・櫻任藏豪傑・丈夫と呼ばる・逸散駈付・江戸風に染まず
尚々藏方目付替御座候處、何となく被二肝煎一候口氣、伊十院有レ之、誠に可レ笑事に御座候。
一筆啓上仕候。殘暑甚敷御座候得共、御祖母樣を奉レ初、御一統樣御機嫌能可レ被レ遊二御座一、奉二恐縮一候。伏而不肖無二異儀一相勤申候間、乍レ恐御安慮御思召可レ被レ下候。
扨、先間便に差下候字は痛なく相屆候哉、自然御披見被レ下候半。其時共は餘程面白次第に而、東湖先生も至極丁寧成事にて、彼宅へ差越申候と、清水に浴候鹽梅にて心中一點の雲霞なく、唯清淨なる心に相成、歸路をわすれ候次第に御座候。御遠察可レ被レ下候。櫻任藏(東湖に從游尤經濟に志す從四位追贈)にも追々差越候處、是も豪傑疑なく廉潔の人物、其上博識に御座候。彼方の學問は始終忠義を主とし、武士となるの仕立にて、學者風とは大いに違ひ申候。自畫自讚に而人には不レ申候得共、東湖も心に被レ惡候向に而は無二御座一、毎も丈夫と呼ばれ、過分の至に御座候。我ものに一義も被二引受一、頼母敷共、難レ有共不レ被レ申、身にあまり國家の爲悦敷次第に御座候。若哉老公鞭を擧て異船へ魁御座候はゞ、逸散駈付むへ草(埋草)に成共罷成申度心醉仕申候。御一笑可レ被レ下候。老公も此廿五日御軍制改正の御掛被二仰渡一、御登城に相成申候。何樣の獻立に御座候哉、其後水府へ參不レ申候に付、模樣相分不レ申候。追而細事申上候樣仕申候。刀の儀難レ有御厚禮申上候。何卒便宜を以て御遣し被レ下度奉二合掌一候。掛而重疊[#「重疊」は底本では「重疊」]自由の儀申上不都合千萬に御座候得共、御仁宥可レ被レ下候。愈江戸風の浮氣には相當不レ申候に付、夫丈けは御安心可レ被レ下候。一緒に參候人々の内、品川へ足踏不レ致は壹人にて御座候、是位に續人は無二御座一候得共、とろけは不レ仕候、御察可レ被レ下候、樺直八、至極の御丁寧に而、定御供に相加候處、勤向も相分候に付、仕合の事に御座候。此廿二日には増上寺御豫參有レ之、御供に而御座候處、誠賑々敷次第に御座候。頓と五社御參詣の時の如く、御衣冠御轅に被レ爲レ召、美を盡し候事に御座候。此旨御安否御伺迄奉レ得二尊意一候。恐惶謹言。
  七月廿九日
西郷善兵衞(後吉兵衞又吉之助に更む)
 椎原與右衞門樣
 椎原權兵衞樣
 追而十右衞門方へ申越候趣も御座候間、御高覽可レ被レ下候。
(按)安政元年、翁二十八歳、中小姓を以て三月藩主齊彬公に扈從して始て江戸に出づ。四月樺山三圓と小石川水戸邸に赴き、始て藤田東湖に面見す。其後數々往て時事を談じ、大に其人物を推尊す。又同藩士櫻任藏にも推服する所あり。此書簡は、其當時母方の叔父椎原兄弟に寄せたものにて、椎原國雄所藏す。

     主家悲報

大變到來・太守父子一病一死・怒髮冠を衝く・不動祠祈願・奸女を倒す・身命塵埃・死の妙所・生の苦
尚々御賢…

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