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小利根川の桜
ことねがわのさくら
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-18 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

        一 東京の櫻

吉野山去年のしをりの路かへて
  まだ見ぬ方の花をたづねむ
心は花に浮き立つ陽春四月、路伴れもがなと思ふ矢先、『今日は』とにこ/\顏の夜光命。待つてましたと裸男もにこ/\。挨拶もそこ/\にして語り出づるやう、『やよ聞き給へ。花は櫻、櫻は日本、日本の中にても東京附近、げに/\花の都なる哉。さてその東京附近には、吉野櫻と稱するもの多きが、櫻の中の櫻とも云ふべき山櫻は、小金井の獨得なり。小平村小川水衞所より小金井村境橋まで一里半、櫻の數は千六百五十本、幾んどみな山櫻也。而も老木也。殊に玉川上水の清流を夾めり。そのまた境橋より下、和田堀水衞所まで約四里、八重櫻相連なりて、其數三千に及ぶ。これを新武藏野の櫻と稱す。新武藏野と小金井と上下相連なりて長さ五六里とは、何と見事なものに非ずや。次に荒川土手の櫻、江北村鹿濱より千住掃部宿に至るまで、二里ばかりの土手の上、櫻の連なること千九百三十本に及ぶ。上方の半分が八重櫻にして、下方の半分が吉野櫻也。さてまた千住掃部宿より綾瀬川を渡り、鐘ヶ淵を經て、枕橋に至るまで、一里半、櫻の連なること千七百六十本、之を向島の櫻と稱す。向島と荒川土手と上下相連なりて凡そ四里、これも亦見事ならずや。次に飛鳥山の櫻、八百五十本。次に上野公園の櫻、千二百五十本。東京の櫻を賞せむとするものは、是非とも以上の六箇所を見ざるべからず。なほ櫻多き處を列擧すれば、九段の櫻が五百四十本、江戸川の櫻が三百八十本、日比谷公園の櫻が二百五十本、英國大使館前の櫻が二百八十本、芝公園の櫻が五百二十本、清水谷公園の櫻が四百五十本、淺草公園の櫻が二百三十本、山王公園の櫻が二百三十本、植物園の櫻が二百三十本、以上櫻の名所十五箇所、櫻の總數は、凡そ一萬四千本也。
 物知りの夜光命も、これには驚くかと思ひの外、『報知新聞の受賣か』と素破拔かれて、裸男大いに器量を下げたるが、『好し/\、さらば、世間に知れざる櫻の名所案内申さむ。いざ/\來給へ。』

        二 市川の桃林

本所押上町までは、市内電車に乘る。それより京成電車に乘りて、市川新田に下り、千葉街道の裏手を行く。左右は桃園也。萎みて色褪せたれど、花なほ枝に在り。紅色多きが、をり/\白色もまじる。喬松とりかこみて、桃を擁護するに似たり。夜光命、裸男の肩を叩いて曰く、『櫻の新名所へと云ひつるに、これは音に聞く市川の桃林に非ずや。よめたり/\、君が櫻の名所といふは、さきに電車の中より、ちらと見たる小利根川畔一帶の櫻雲なるべし』と、氣が付かれては仕方なし。正直に白状して曰く、『然り、今の處、いはば捨鐘也。似而非風流人は、一概に凡桃俗李とけなせど、まんざら見限つたものに非ず。まあ/\進み給へ。』
 疎籬をかこひて、人の入る能はざるやうにしたるが、時に口をあけ、茶店を設けて、客を迎ふる桃林もあり。…

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