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東京の近郊
とうきょうのきんこう
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-12-17 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

日本橋より四方五六里内外、徒歩して往復の出來る範圍内の地を、こゝに東京の近郊と稱す。南は、品川灣也。東には、江戸川(小利根ともいふ)あり。西には多摩川あり。荒川(下流は隅田川、大川)その中央を流る。東京の近郊は、以上の三大川を有し、臺地と低地とに分る。東より北へかけては低地にして、西より北へかけては臺地也。この臺地が、いにしへの所謂武藏野也。武藏野、今や野にあらずして、畑也。其大部分は、埼玉縣に屬す。日本國中、最も麥の收穫の多きは埼玉縣なるが、この臺地、水田となすに由なければ、自然に多く麥を植ゑるに由るなるべし。臺地も間斷あり。其の凹める處は、小川流れ、水田あり。其の川の水、池より出づるもあれど、臺地方面の近郊にては、多く玉川上水の水をひけり。玉川上水は、啻に東京市内に入りて、飮用に供せらるゝのみならず、用水として田に引かるゝもの、二十餘處の多きに及べり。
 簸川平原は、山陰道にては第一の平原なるが、西風つよければ、この平原の農家は、西方に一列の木立をひかへたるのみにて、明るし。武藏野の農家は、四面に木立を帶ぶるを以て薄暗くして陰鬱也。東海道は、東京より神奈川に至るまで、幾んど家つゞきなるが、木立はつゞかざれば、路は明るし。甲州街道は、東京より七八里の間、家つゞきにして、兼ねて森林つゞきなれば、太だ陰鬱也。冬は日光あまり當らずして、雨餘の路惡るけれど、その代りに、夏は凉し。街道には、多く竝木あるものなるが、甲州街道の如き、森林つゞきの街道は、稀に見る所也。村路に至るまでも、路幅は廣し、東郊の低地は、路明るけれど、西郊の臺地は、樹林を帶びて、路何となく陰氣也。[#「陰氣也。」は底本では「陰氣也」]
 農家の帶びたる樹木には[#「樹木には」は底本では「樹本には」]、欅多し。凡そ東京近郊の臺地ばかり、欅の多き處は天下幾んど其比なかるべし。中にも欅の竝木の見事なるは、府中の大國魂神社(六所明神)也。雜司ヶ谷の鬼子母神、之に次ぐ。
 日本は古來、農國也。毎年同じ處に、同じものを植うるを以て、多く肥料を要す。其肥料には、人糞を充つ。都下二百萬人の糞、一半は糞舟にて海に向ひ、一半は糞車にのせられて近郊に出づ。大山街道、甲州街道、東山道、奧州街道の如き、都の出口は、糞車ひきもきらざるは、閉口也。二子の渡の如きは、晩方になれば、來るは/\、糞車數百の多きに及ぶ。神經家ありて、糞車と同舟することを嫌はば、終に渡るに由なかるべし。
 武藏野の畑とならぬ處は、雜木林也。雜木とは、櫟、榛木など、木材とならずして、おもに薪炭に用ゐらるゝもの也。その雜木、西郊には、路ばたにもあり。東郊には、あぜ路につらなれり。
 菜花は、田野の春をかざりしものなるが、ともし油幾んどすたれ、石油一般に用ゐらるゝに及びて、菜花の美もなくなれり。西郊には、全く無し。東北郊には遠くはなれて、をり/\之を見る。

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