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真間の手古奈
ままのてこな
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎伝奇短篇小説集成 第二巻 昭和三年~昭和十二年」 作品社
2006(平成18)年12月15日
初出「サンデー毎日」1929(昭和4)年1月1日
入力者H.YAM
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-06-11 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 一人の年老いた人相見が、三河の国の碧海郡の、八ツ橋のあたりに立っている古風な家を訪れました。
 それは初夏のことでありまして、河の両岸には名に高い、燕子花の花が咲いていました。
 茶など戴こうとこのように思って、人相見はその家を訪れたのでした。
 縁につつましく腰をおろして、その左衛門という人相見は、戴いた茶をゆるやかに飲んで、そうして割籠のご飯を食べました。
 その家はこのあたりの長者の家と見えて、家のつくりも上品であれば、庭なども手入れが届いていました。
「よい眺めでござりますな」
 お世辞ともなくこのようにいって、生垣の向うに眺められる八ツ橋の景色を眺めおりました。
 左衛門はその頃の人相見としては、江戸で一番といわれている人で、百発百中のほまれがありました。人相風采もまことに立派で、人の尊敬を引くに足りました。で、山間や僻地へ行っても、多くの男女に尊敬され、いつも丁寧にあつかわれました。
 この時も左衛門は名のりませんでしたが、神々しい人相や風采のために、その家――泉谷という旧家でありましたが――その泉谷の家族達によって丁寧な態度であつかわれました。
「真間の継橋へも参ったことであります。矢張りよい景色でござりました。ここにも継橋がございますな」
 いかさま継橋が見えていました。
 八筋の川が流れて居りまして、一筋ごとに橋がかかっていて、継橋をなしているのでした。
 継橋の数が八ツなので、そこで八橋ともいうのでした。
「憐れな伝説がございます」
 左衛門の前へ穏かに坐って、左衛門と一緒に茶を喫し、長閑に話していた泉谷の主の、彦右衛門という人物は、こう左衛門にいった後で、その憐れな伝説を、古雅な言葉つきで話しました。
「仁明の御皇の御代でありましたが、羽田玄喜という医師がありまして、この里に住居して居りました。女房と申すのがこの里の庄司の、継娘でありましたが、気だての優しい美しい縹緻の、立派な女でありまして、二人の間に男の子が、二人あったそうにござります。ところが玄喜は三十歳の時に、病気でなくなってしまいましたので、女房は気の毒な寡婦の身となり、子供は孤児となりまして、家計も貧しくなりました。が、女房は健気にも、他へ再婚しようともしないで、山へ登って行って薪を拾ったり、浦へ出て行って和布をかったり、苦心して子供を育てました。つまり二人の子を養育して、亡き良人の業をつがせようものと、辛苦したのでございます。然るに長男が八歳となり、次男が五歳となりました時に、悲しい出来事が起こりました。というのは、或日でありましたが、川の向う岸に沢山の海苔が粗朶にかかっているのを見て、母親がとりに渡りましたところ、後を慕って二人の子供がこれを渡って行きました。と流れが急でありましたので、二人の子供は溺れ死にました。どのように母親が嘆き悲しんだか? 想像に…

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