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行乞記
ぎょうこつき
作品ID48290
副題10 仙崎
10 せんざき
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第五巻」 春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-03-05 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八月八日

五時半出立、はつらつとして歩いてゐたら、犬がとびだしてきて吠えたてた、あまりしつこいので[#挿絵]杖で一撃をくれてやつた、吠える犬はほんとうに臆病だつた。
水声、蝉声、山色こまやかなり、大田へはいつてゆく道はやつぱりよろしい。
十時には秋吉に着いて行乞、さらに近在行乞、財布(ナイフとルビをふるべし)を忘れてきてゐる。
夕立がやつてきた、折よく観音堂で昼寝。
もう萩が咲いてゐる。
新屋といふ安宿に泊る、愛嬌のない、井戸もない宿だつた、相客はいかけやさん、料理人、前者はおしやべり、どこか抜けたところがある、後者は生来の世間師、いらないものがある。
水は正直ですよ、といつていかけやさんが修繕したバケツに水を入れて覗いてゐる。
さすがに秋吉附近は大理石の産地、道ばたの石ころも白い光沢を持つてゐる。
 旅立つ今朝の、蝉に小便かけられた
 朝月のある方へ草鞋はかろし
・あぶない橋の朝風をわたり山の仕事へ
 笹に色紙は七夕の天の川
・そこは涼しい峠茶屋を馬も知つてゐる
・夕立晴れた草の中からおはぐろとんぼ
・昼寝覚めてどちらを見ても山
・おのが影をまへに暑い道をいそぐ
 暮れると水音がある暗い宿で
・月夜の音させる牛も睡れないらしく
・旅はいつしか秋めく山に霧のかゝるさへ
・霧ふかく山奥は電線はつづく
・ゆふべの鳥が三羽となつて啼いてゐる
・山のまろさは蜩がなき
・蜩のうつくりなくに田草とる
 かなかなもなきやんだ晩飯にしよう
行程五里、行乞四時間。
今日の所得は 銭弐十六銭、米弐升八合。
木賃は三十銭 (等級は中の下)。
お菜は野菜づくし

 八月九日

朝曇、涼しかつた、七時出立。
山の奥へ奥へと分け入つてゆく、霧がたちこめてゐる、時鳥がなく、途上ところ/″\行乞。
売られてゆく豚のうめき、水蜜桃の供養、笑顔うつくしい石仏。
どこでも土用干の着物が色とり/″\、私は何を干さうか、支那の何とかいふ奇人のまねではないが、破れ法衣に老いぼれ身心でも干さうよ、いや現に干しつゝあるではないか。
彼のよしあし、それはやがて私のよしあしだつた、行乞の意義はこゝにもある。
嘉万の街を行乞してゐるところへ伊東さんが自転車でやつてきた、今夜は八代でゆつくりとよい酒を飲む約束で、此地方へ出かけてきたのだが、万事都合好く運びつゝある(君は醤油味噌醸造の講師として出張したのである)、山のまろさ酒のうまさ人のよさ!
負子(朝鮮ではチゲ)は印象ふかく眺められる。
八代の共同作業所へ着いたのは五時過ぎだつた、そして意外にも樹明君が後を追うて来た、小郡から自転車で二時間半で飛んだのである。
生一本、此地方でいはゆる引抜はよかつた、N家の酒はよい酒である、そのよい酒の最もよい酒だ、酔うて蚊帳もつらずに寝たのはあたりまへだらう。
私の好きな山がかさなつてゐる、私の好きな友だちといつしよである…

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