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(ポオル・モオランの「タンドル・ストック」)
(ポオル・モオランの「タンドル・ストック」)
作品ID48296
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「リベルテ 創刊号」1932(昭和7)年11月1日
入力者tatsuki
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-05-14 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 堀口大學氏が「三人女」と云ふ題名で譯されてゐるポオル・モオランの短篇集の原名は Tendres Stocks と云ふのである。三人の女のことを描き分けたものだから「三人女」と云ふ題もなかなか惡くないが、私はこの「タンドル・ストック」と云ふ題には何かもつと洒落れた意味があるのではないかと思つてゐた。
 ところがこの夏、私が輕井澤に行つてゐた時のことである。とりかかつてゐた仕事もやつとすんだので、私はほつと一息つきながら、ホテルの應接間へ何か輕い讀物はないかしらと探しに行つた。そのとき私の眼についたのは前田曙山の「草花の栽培」といふ本であつた。私はそれを手にして、そこの肱掛椅子に腰を下ろしながら、讀んでみるとそれは思つたよりも面白かつた。
 そのうちに「あらせいとう」といふ章があつた。この西洋の詩によく出てくる草花のことを俗に Stock と呼んでゐると云ふ。そしてこの一種に Sweet Stock(にほひあらせいとう)といふのがあるさうである。……ここまで來ると、この Sweet Stock といふ名前が私の頭のなかで閃いた。これを佛蘭西語に直すと、ひよつとしたら Tendre Stock になりはしないかしら? するとポオル・モオランの短篇集の題は「にほひあらせいとう」と譯されなくつちやならん。……
 丁度そこへ佐藤朔と阿此留信が遊びに來たので、私は兩君にラフィンズ・サイダアを御馳走しながら、だしぬけにかう云つたものだ。「ポオル・モオランに『タンドル・ストック』と云ふのがあるね、あれ、君、どういふ意味だかわかる?」
 流石の兩君も、だしぬけに私にかう訊かれると、いささか自信のなささうな顏をしながら私の方を見た。
 私はすこし得意になりながら、私のいましたばかりの小さな發見を話した。「だからね、『タンドル・ストック』は『にほひあらせいとう』さ。……こいつばかりは堀口さんも知るまいなあ。……」
 私は早速、このチャアミングな發見を神西清に手紙で書いてやつた。
 すると二三日後、彼から端書が來た。
「いかにも君が輕井澤で思ひつきさうな譯語で面白かつた。しかし Sweet と Tendre とはすこし異ふやうだな。矢張り Stock は普通の意味でのストックだらう。因みに英譯は Green Shoots(嫩芽)となつてゐる。」
 なるほど、さう言はれて見るとそれに違ひないので、私は私の「にほひあらせいとう」説を棄てることにしたが、まだいくらかこの説に未練がないこともない。

          [#挿絵]

「タンドル・ストック」はポオル・モオランの最初の短篇集である。堀口氏の譯本には多分ついてゐなかつたと思ふが、原書にはマルセル・プルウストが序文を書いてゐるのである。その序文がちよつと面白い。その序文でプルウストはモオランの特異なスタイルを辯護するために、アナト…

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